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Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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熱、傷の痛み、吐き気でのたうちまわった。

夜は永遠に続くんじゃないかと思うほど長く、頭は自分のものとは思えない程痛い。

運悪く他の人より意識がはっきりしていたみたいで余計に辛い。

たいていの人はしばらく夢の世界にいるみたいだけど僕は手術室を出たところからはっきり全部覚えてる。

それが楽になって初めてある曲を聴いた。
吉田拓郎の今日まで明日からってやつ。

私は今日まで生きてみました
時には誰かを傷つけながら
そして今私は思っています
明日からもこうして生きていようと

泣いてたのさ、明日も生きてみようと心の底から思ったのさ。

早くも薄らいでいるけどこの気持ちは絶対に忘れてはいけないものだ。
明日、手術ということでビビりまくっている人がいる。
40代半ばのいいオッサンだ。
前いた病院では手が出せず死ぬのを待つしかなかったらしい。
ここでも散々脅されて「死ぬよ」なんて言われてずっと怖がっている。

でも、それは普通のこと。
それくらいのレベルの人ばっかりで僕だって同じような状態だった。

ここは手術のレベルが高くてほとんど死なない。
そりゃ、絶対はないけれどそうなる可能性はかなり低い。
だから任せるしかない。
患者の仕事は覚悟を決めることだけ。
まぁ、それが難しいのだけどやるしかない。
それができたら麻酔で眠るだけなのだから。

毎日のそれの繰り返しで泣いたり笑ったりだ。
昨日、隣の部屋の爺さんが死んだ。
もうどうしようもない状態だったけど改めて生き死にの場所にいるんだと実感。
爺さんの前のベッドの主は僕だった

そう、ビビりまくっていたオッサンの手術があり朝9時から翌朝6時までやっていた。

大丈夫だからと言い続けてきたぶん失敗したらどうしよう。
あの家族に申し訳が立たないと怖くなりオッサンが亡くなる夢も見た。
もうここで軽々しく大丈夫は言えない。

オッサンは目を覚ますのは明日なのか一ヶ月後なのか一年後か誰も分からない。
今日で手術から16日目。
ここ最近は調子も良くなり痛み止めの量も半分になった。
二週間で安定してくると言われていたがだいぶ安定した。
手術後は脳の血がうまく流れず血管が切れるんじゃないかと思うくらい血の集まっていくのが分かったけどそれも無くなって一安心。
急にろれつが回らなくなる症状も何度か出たけど最近は落ち着いている。

しかし10時間頭を開きっぱなしにしていたので何が起こるか分からない。

麻痺した右半身も少し動くようになった。
足は思ったより早く回復しそうだけど手はどうなることやら。
当然のことだけどリハビリでみんな回復するとは限らない。
このまま動かない可能性も高い。
下手にリハビリ頑張れと言われるとじゃあやってみろと言いたくなる。
みんな頑張っていて手を抜いている人なんかいない。

今は本当に自分のことで精一杯。
何をするにも通常の3~5倍時間がかかるし異常に疲れる。
リハビリを一時間したら必ず寝ないと電池が切れたように動けなくなる。
本もテレビもあまり受け付けない。目の疲れがひどい。
もう今までの身体ではなく別の身体だ。
命があることに感謝しなきゃいけないけど今後の問題も山積みだ。
手術前夜に執刀医からの説明があった。
外来が終わり次第始まるのだが簡単には始まらない。
遅い場合は翌日の朝6時なんてこともある。
普通じゃ考えられないけどここではそれが当たり前になっている。
それくらいの患者が訪れており、一度は諦めさせられた人達なので少なくとも一人30分はかけている。
先生が話し好きというのもあるだろうけど。

僕の場合は運が良く深夜0時から始まった。
説明が遅くなるのは構わないが先生が寝ないで手術だけは勘弁だから。
アンギオ、MRI等の画像を見せながら説明が始まる。
患部は左脳のほぼ真上の運動野と呼ばれるところ。
名前の通り手足の動きを司る場所だ。
そこのほぼど真ん中に血管の奇形があり、例えるならば蛇がぐちゃぐちゃに絡まりあっている感じだ。
医学用語でナイダスと言うらしい。
なぜ血管を取る必要があるのかと言うとその血管は脆く破れやすいからだ。
それが破れたらお馴染みの脳出血を起こす。
しかも大出血なので死ぬか相当な後遺症が残ってしまう。
確率は年に3%程度。
それの積み重ねで10年後30%になってしまう。
発症した歳からの計算になるので現在24%で40歳では60%程度の確率だ。
その歳でなってしまうより今やったほうが色々と都合がいいのだ。
今になって思えば軽い症状も出ていた。
チクリと刺すような頭痛と血液が患部に集まる感じを気にする回数は明らかに増えていた。
その証拠に今その症状はなくなった。

さて、執刀医は日本の脳外科医では間違いなくトップにいる。
あと一人有名な先生がいるがその人はアメリカを拠点にやっている。
専門も脳腫瘍なのでちょっと違う。

僕は何年か前テレビでその先生の存在を知っていた。
今年の夏に初めて会って信用できると思って手術を決意したのだ。
手術の説明ははっきり言って場所が悪すぎる。
完全に血管を取らなければ意味が無いので脳波を見ながら場合によって脳を傷つけることになるというものだった。
一言も楽観的なことを言わなかったので難しいのだと改めて思った。
最悪、手を出せないで血管に入る血液を少し止めるだけになるかもしれないし、出血してしまえば短時間で処理するために脳をえぐることになるとも言われた。
そう言われてもここまできたらやるしかない。
予定時間は6~8時間みたいだ

説明が終わり睡眠剤を飲んで気がつけば朝だった。
体調はいいし緊張もあまりしていなかった。
予定の9時半になりストレッチャーに乗せられ手術室へ。
手術室では点滴を一つだけつけられ後は麻酔をするだけ。
この景色が最期に見る景色かもしれないと思う間に僕は意識を失った。
麻酔から覚めたのは手術後すぐで10時間後だった。
手術室をストレッチャーに乗せられて出たところから覚えてる。
こっちは意識もうろうとしているのにぐいぐい引き回してひどい扱い。
気持ち悪くなってしまった。
もうちょっと優しく扱ってくれ、元気だったら暴れてるよ。
ナースステーション目の前の個室に移され心電図、血圧計、点滴、導尿、頭からは脳圧を調整をするためにチューブが出ており、その先には血がたまっていた。
酸素マスクもあったけどびっくりするほど臭かったのでしなかった。
十分自発呼吸できてたし。
ちなみにICUには相当な状態でないと入れてもらえないらしい。
準備が終わったら両親が入って来た。
開口一番「右に麻痺がある」と僕は言った。
右半身が全く動かないのだ。
鉛のように重いとはまさにこのことだ。
麻痺は覚悟していたけどここまで動かないとは思っていなかった。
手術で患部を全部取ったらしい。
その結果、脳が傷ついたのだ。
先生も迷ったみたいだったけど血管がかなり脆くなっていての決断だったと聞いた。
やっぱり手術する時だったのだ。
麻痺は仕方ないけど結構辛い。

一応成功した手術だけれども本当に辛いのはこれからだった。
熱、傷の痛み、そしてなによりも吐き気だ。
麻痺のおかげで身動きはとれない。
頭の半分は皮をめくられ縫い合わせてホッチキスで止めてある。
これがどこを向いても痛い。
不思議なことに場所ごとに痛みが違う。
五種類くらいの痛みがあった。
傷があるので熱は当然出る。
吐き気はずっと続いていた。
腹の中には何も入っていないので出すものなんて何もない。
分かっているけど口に手を突っ込んで出そうとし続けた。
これはひたすらやっていた。
薬もあまり効かない。
夜も眠れない。
眠っても悪夢ですぐに目が覚める。夜は本当に辛かった。
これが三日三晩続いた。
点滴で栄養は補給しているけど体力と精神が削られた。
他の人は意識が朦朧としていてほとんど覚えていないらしい。
僕は意識がはっきりしており余計きつかったらしい。
おかげで全部覚えてる。
母親にうるさいと怒鳴ったのは人生初だった。
そうだ、一日目は水を飲むことを禁じられていて大きめの綿棒を湿らせて吸ったり、小さな氷のかけらを舐めていた。
熱もあるし喉が渇いて仕方なかったので本当にきつかった。
気持ち悪かった頭から出ているチューブは二日目に取れた。
特別な処理はせずただ引き抜くだけの荒業には驚いた。
大晦日でも病院の消灯時間はいつも通り。
10時になるとテレビの電源も切れ、ガキの使いも見られなくなった。
せっかくおもしろかったのになぁ。

今年の汚れ今年のうちにってことで風呂に入った。
まだ、一人で入ることは出来ず介助が一人付く。
いつもの仲の良いベテランさんではなく今日は学校を卒業したばかりくらいの若手。
一見かわいらしいが気が強くてさらに感情をすべて表に出すタイプ。
余裕が無くなると不機嫌になって喋らないし怖い。
性格もさることながら何よりも経験が足りないんだろうなと思う。
仕事に追われて患者に気を使う余裕が無いのだ。
忙しいのは事実だし。

風呂に入るということは向こうにはたいしたことなくてもはっきり言ってこっちは無茶苦茶恥ずかしい。
見苦しくてごめんなさいって気分なのにさ、そんな状態なんだから睨まないで笑ってよ。
男でこういう人は多い。
ひどい人は一ヶ月入院して一度も風呂に入ってないってのもあった。
体臭がとんでもないことなってた。

そんなやりにくい入浴してて鏡越しに彼女を見てみる。
相変わらず不機嫌だ。
でもナース服姿の女の人がいてシャワーを浴びる自分がおもしろい。
こんな店絶対あると思う。

でもまあ、やってもらえるだけ有り難いか。
夏だったら付いているだけで大仕事だしね。
これでも病院で経験する恥ずかしい思いはたいていしいるてつもり。
本当に辛いときはもうどうにでもしてくれだったけど元気になったら羞恥心も出てくるのだ。

さて、今年は本当に色々あったけどそれもありかなと思う。
身になるか分からないけど経験値だけは上がったはずだ。
四日目になると吐き気が治まり少し楽になってきた。
しかし、熱はあるし傷も相変わらず痛む。
食欲はあまりなかったが食べることもできるようになってきた。
しかし、ちょっとした問題が起こった。
味覚が変わってしまっていた。
ご飯やみそ汁の匂いを嗅いだだけで吐きそうになるのだ。
受け付けるのは果物でそれも酸味の強いものに限る。
完全につわりの時期の妊婦と同じ状態になり他の物を受け付けなかった。
そういう場所はいじってないはずなのだけれども原因は手術しか考えられない。
不思議なことに嗅覚も敏感になってやたらと匂いが気になった。
勝手な想像だけれどもゼロからのやり直しなのじゃないかと思う。
つわり状態は思いの外長く続き困ったが男でつわり経験はそうはできない。
いつか役に立って欲しいもんだ。

さて、この数日で体力を消耗しきってしまい体を起こすだけで目眩がするようになり、ベッドを起こすだけで疲れきってしまう。
心臓より高い位置に頭があることがこんなにきついものだとは思ってもいなかった。

その夜、少し余裕ができて自分は生きているんだと実感が湧いてきて涙が出た。
こんな状態なのだけど生きている。
十分なことじゃないかと心底思った。
当然のことながら右半身は全く動かない。
「あなたがそうなったら私が必ず助けに行く」と言った人がいた。
そうなったらとは今の状態のことだ。
しかし、どんなに周りを見渡してもその人はいない。
騙された!嘘をつかれた!なんてことは思わない。
むしろ当然だと思う。
そのときの本心だったのだ。
そのときは必ずそうしようと思っていたのだ。
でも、今はそんな気持ちにはなれない。
当然だ、時が流れたのだから。
心変わりは世の常ということだ。
結構最近になって少しずつ理解してきた。
時が流れずに止まっていればまた話は変わってくるかもしれない。
でもそんなことは不可能だ。
仮にそうであったとしたら僕は今こういう状態にはなっていないはずだ。
難しく考えることはない。
世の中に変わらないものはない。
物であっても心であってもだ。

永遠というものはないのだ。
何かが必ず変わる。
そうすれば少しずつズレが出てくるものだ。
永遠の愛を誓いますと言っておきながらそうできない人の多さ。
そういうものなんじゃないだろうか。

以前、別に助けてあげると似たようなことを言われたことがあった。
その人もここにはいない。
悪いことを言うつもりもない。
むしろ逆だ。
30℃なんか軽く越えている真夏の昼下がり。
新宿の交差点で信号待ちをしていた僕はその言葉に救われた。
あんなに嬉しくなるものかと思うくらい嬉しかった。
その時、確かに目の前に道が開けたのだ。
本当に感謝してる。

ま、あれだ。
まだまだまだまだ人間的な何かが自分には足りないということだ。
リハビリの先生と仲良くなった。
皆は普通だと言うが僕から見ると少し変わっている。
30代後半、バツイチ子供無しって感じ。
若い頃は綺麗だったと容易に想像できる。
バツイチってのは今までの会話の内容からの想像だ。
さすがにそこまでは聞けない。

さてその先生から漫画をいくつか借りた。
古谷実のシリーズ全巻だ。
稲中卓球部の延長だと思っていたら作風がガラッと変わっている。
内容の説明はしないけどやたら重っ苦しくて何よりも後味が悪い。
今まで経験した嫌なことを全部思い出させてくれた。
いいことも少しは思い出したけど圧倒的に悪いことばかりだった。

1番重かったものを読み終えた後には人を殺すか自殺でもしてしまいそうな状態になる始末。
基本的に主人公はどうしようもなく不幸で最後はなんとなく幸せな感じで終わるのだ。

僕はその主人公が自分と比べると十分幸せだと思ってしまった。
別に自分が不幸だとも思っていないがそう感じてしまったのだ。

なんか急に自分が情けなく感じてしまう。
今まで漫画を読むのが辛いと思ったことなんてなかった。
楽しむはずの漫画をため息をつきながら読むことなんて想像もしていなかった。
たった20冊なのに5日もかかった。
これだけ時間があり、テレビもあまり見ていないのに。
ま、とりあえず終わり。
恐らく、精神的に参っているんだろう。
何年か後だと笑いながら見ているかもしれない。
頭の痛みは完全に消えた。
痛み止めも飲んでいないが朝起きたときの体の強張りはまだきつい。
しかし、我慢できる範囲内だ。

足のリハビリは歩行距離を少しずつ延ばしていっている。
明日から病棟内の歩行が解禁になる予定だ。
しかし、足首の反応が悪くまだまだ先は長い。
手はなんとか物がつかめるようになった。
しかし、実用には程遠い。
安物のマジックハンドの方がよっぽど使える。
握力は4キロ程度でそれこそ箸より重いものは掴めないし、箸を使うなんてずっと先の目標だ。

医者に言わせればかなり順調らしいがなかなかどうして先は長い。
頭では分かっているけど心がついてこない。

思った以上に身体は正直だ。

難しいね、なかなか。
まさかのインフルエンザで隔離されちまいました。
弱っている年寄りを差し置いての若手でございます。
検査結果が出た途端に全看護士が僕を取り囲み、そのまんま個室に連れていかれたのです。
なんか四・五日は部屋から出られないそうな。
完全なる院内感染でしかも感染源がリハビリの職員臭い。
あまりにも特徴のある顔の人で丸みのある片桐はいりだとか中国のお面と言ったから呪われたのかなぁ。
と、ちょっと反省。

しかし、タミフルと解熱剤であっという間に回復。
すごいねタミフル。
多少おかしくなる人がいても使う理由がよく分かった。
確率もかなり低いし、薬には必ず副作用があるのだから。
なってみたらそんなこと言えないかもしれないけど大多数の人を救う方がいいさ。
全てを救うというのは不可能なのだから。

ということで当面の問題はまともなリハビリが出来なくなったということです。
部屋の中で自分でするには限度があるのね。
手術から一ヶ月を過ぎ、病棟内でも古株になりつつある現在、まだインフルエンザで隔離されてます。
ちょっと微熱が出ただけなのに。
普段からちょっと疲れると微熱出てたっしょ。
1時間くらいで回復してるでしょ。
と言っても無駄な抵抗。
監禁は延び、明日までは監禁決定です。
昨日は仲良しの掃除のおばさんがインフルエンザと聞いたとたんごみ箱放り投げて出て行ってすごい重装備で帰ってきた。
この部屋よりも内科の待合の方がよっぽどデンジャラスなのにね。

さて、身体の方は回復してはいるけどまだまだ先が見えない。
足はなんとか歩けるけど踏み出し後の着地点が定まらない。
かかとと爪先の反応もあまりない。
手はちょっと動くようになったけど掴む・離すで精一杯。
細かい動きなんて夢のようなこと。
筋肉・骨・関節がばらばらになった感じで今は骨を直接動かしてるよう。
節々にクッションが無い感じで痛い。

転院しないといけないけどゆっくりとしか進まない。
転院する病院がやっとこさ決まった。
実家の近所にあって回復期のリハビリができるというのが決め手。
最近はとても評判が悪い病院なのだけど手術する訳じゃないしね。
そう思い無理矢理納得してみる。
駄目だったら変えればいい話さ。

でも、書類の関係で転院の日取りは未定。
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