Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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気が付いたらこんなところに居たというのは言い訳になるのだろうか。そんなことがあるのかどうか分からない。でも現実にこんなところにいる。家からだいぶ離れた川原のベンチ。そういえばよくここに来ていたっけな。もうずっと前のことになるけど僕はこの場所にずっと居たんだ。でも、時が過ぎて今では過去の場所。そんな場所に僕はいる。


こういうことになったのはいろんなことがちょっとした原因になっていたんだと思う。どれが悪いって訳じゃない。すべてが複雑に絡み合ってほどけなくなってしまった結果、もう無理だということになったのだ。誰も悪くない。


小学生の時にさ、教室の中にダンボールで家を作ろうってのが図工の時間にあった。近所のスーパーからダンボールをたくさんもらってきてそれをガムテープで貼り付けてどっかから持ってきた棒とかうまく使ってイメージ的にはモンゴルのパオみたいなものが出来上がった。先生が特別に時間をとってくれて1時間目から5時間目までずーっと図工の時間だ。その間の給食もその中で食べた。家の中に家があるっていうのはなんか不思議な感じで、電気の光の届かない薄暗いこの空間は本当に別世界だった。


でもそんな世界にも終わりはやってくる。5時間目になると片付けましょうと先生が言っている。せっかく作ったのに、明日からここで授業したらいいのにとみんな思っていたのだろう。けど、これを片付けないと帰れないよと先生が言うとみんなブーブー文句を言いながらも片付ける。気が付くといつもの教室になっていた訳だ。非日常の空間が忘れられなくて教室のベランダにダンボールを残しておいて休み時間になると秘密基地みたいな感じで遊んでいた。2、3日すると雨が降ってベランダのダンボールはぐちゃぐちゃになってしまい先生にいい加減にしなさいと言われてしまい。水を含んだダンボールを焼却炉まで持っていって燃やしていた。


ベンチに座りながらあの頃はダイオキシンのダの字も一般社会には無かった時代でプラスチックだろうがビニールだろうがお構いなく燃やしていた。ベトナム戦争で枯葉剤を撒かれたベトナムはダイオキシンの怖さを世界中に知らしめた。植物が枯れるだけならまだ問題ないのだろう。でも数十年、数百年生きる植物の命を奪う物質だ。必ず悪影響があるということは思考というものを持っている人間なら分かるんじゃないのか。それでもしてしまうアメリカは狂っていたのだろうか、日々状況の悪くなる戦況を変えるためにとりあえずジャングルを潰そうと思ったのだろうか。天下のアメリカにはこれをしてしまえばえらいことになると言う学者はいなかったのだろうか。やってしまった結果はひどいもんでホルマリン漬けにされている胎児を大量に生み出すことになってしまっていた。


そんなことが世界的に知らされていたのにもかかわらず何の対策も講じない日本国。ダイオキシンなんてもんが発生しているとも知らず一般人はゴミを燃やしダイオキシンを生産し続けた。学校の焼却炉なんて何でも燃やしていた。それに偉いさんたちは気付いていながら数十年ほっといた訳だ。あの灰の中にはそんなもんが入っていてそれを思いっきり小さいときから吸ってきた訳だ。あまりにもいい加減ではないのか。


ぼーっと考えていたら日も落ちてくる。
向かいの潰れた工場の煙突の辺りまで日が落ちると世界が変わっていく。昼間の透明な状態から太陽に色付けされていってオレンジ色、いや、橙色だろうかそれから燃えるような紅になり急に闇がやってくる。でも、西の空ばかりに気を取られていて東の空が深い青色になってちゃんと夜の準備をしていることに気付かないのはもったいないことだなと思ってしまう。





ちょっと創作活動もどきをしてみたんですけどダメっすね。
でも、こんなんもしていくのもいいんじゃなかですか。
クリスマスでした。

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