Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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テレビで阪急電車やってたので見てた。
予想通りの人間交差点映画だね。

阪急電車はよく乗っていたので駅のアナウンスとか雰囲気が思い出される。
あのチョコレート色の車体はレトロな感じで好きだ。
阪神電車とはやっぱり違うよね。
あ、阪神も好きだよ。
高確率で変な人いるけどね。


さてさて、連休も明日で最後。
あんまり何もしていないようであったようなよくわからない感じ。
とりあえず引っ越しして実家にちょっと帰ったくらいか。
この3日間も部屋作りに費やされた。
一通り形になったけど足りないもの。
それはカーテン。
西日が入るので遮光1級、断熱のカーテンが欲しいのです。
だけど2週間以上待たないと納品できない云々。
夏本番じゃないからいいか。
だけど欲しい。


友人が結婚する。
その式に亡くなった同級生の席を作るということになった。
2年半前、彼は結婚式の2週間前に死んでしまったのだ。
あまりにも突然。
人生これからって時だった。
両親はひどく落ち込んで、大学時代から付き合っていた彼女も大変だっただろう。
卒業後、遠距離でも別れなかったのは彼の人柄だろうか。
時々話を聞くたびに大したもんだなと思ってた。

一人じゃ行きにくいだろうから一緒に行くよと言っての今回。
玄関で写真を貸してくださいとお母さんに言うとお母さんは泣きだしてしまった。
当然だろう。
嬉しさもあるけどそれ以外のモヤッとした感情。
ごっちゃになるだろうし。

仏壇に手を合わせるといつも彼は笑っている。
高校時代、同じクラスだったけどあんまり記憶には残っていない彼。
僕の主観だけどお互い大人しくて彼は帰宅部だったからね。
サッカーしてたのに、運動神経よかったのにな。
高校卒業後に飲むようになってから話すようになった。
信用金庫に勤めていてとにかく仕事に疲れていた。
人間不信になって仕事を辞めて自衛官に・・・。

彼は日記をつけていて心境を残していた。
そこから思うことは頑張りすぎたんだなぁってこと。
心筋梗塞は突然だったけど何かが繋がっているような気がする。
そう思い込まないとやっていられないのも事実。

写真を借りて彼の家を後にした。


友人の家は典型的な新婚さんの家。
僕はまだ奥さんに会っていないのでどんな人か分らない。
だけど部屋を見る限り女の子だなぁと思う。
結婚式に向けて準備準備準備。
かなり楽しんでやっている。
この日は福岡にミスチルのライブに行っているとのこと。
当然ながら式で使う曲はミスチル率高し。
結局会えるのは式の当日になりそうだ。


実家には甥っ子・姪っ子が帰ってきていた。
会うたびに成長している子供はすごい。
僕はこの間にどれだけ変わっただろうか。

接していると自分に子供が向いていないのもよくわかる。
あぁ、だめだとにかくだめだ。

父親には現段階ではなれないなぁとつくづく思う。
僕の性格もそうだけど単純に命を守れる気がしない・・・。




さて、明日は時計を買いに行こうかな。






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はい、4月から学校事務の仕事してます。
希望が通ったのは勤務地くらいだけども組織ってのはそんなもん。
考え方によっちゃ転勤の少ない学校勤務の方がいいのかも。
特殊な学校なので子供たちより職員の方が多い。
なんじゃいそりゃと思ったけれども現場を見たら納得だった。
詳しいこと書くと何かとあれだけど調べたら分かるからこれくらいはいいだろう。

4月の上旬、始業式の日。
新任の職員の紹介が在校生の前であった。
在校生の前でその時に強く感じたこと。
障害と一括りにしたらそれまでだけど状態は多種多様。
色んな子がいた。
障害とは何かと色々考えてきたつもり。
この子供たちは何なのだろうと考えて目の前の子供たちを見る。
様々だけど自由に動けないし喋れないとか普通。
長く生きられないと明らかに分かる子だっている。
五体満足には程遠い。

どうして、何のため生きているのか。
生きるとはなんぞや。
周囲のエゴか宿命か。
この子たちは何を思う。
何かの役に立てるのか。
・・・・・・・・。


短い時間で色々考えてふと体育館の後ろを見るとたくさんの教師及び職員。
その瞬間に気付いた。
この子たちはたくさんの雇用を生み出している。
そしてその恩恵に僕は与っている

どんな理由が当てはまるか分からないけどこれは1つの答えだと思う。
どこでもそうだ。
学校、病院、施設、広げたら製薬メーカー、医療機器やら食事、介護なんかもだ。
まだまだあるだろう。
それで飯を食っている人はたくさんいる。

僕が言うのならまだ許されるのじゃないだろうか。
そしてこれはどうしようもない現実だ。

必要とされていない人なんかいないとか聞いたりする。
必ず人は何かの使命があるとか云々。
いい風に言ったらそうだろうけどそんなもんじゃないと僕は思っている。
そんなうまいことできていないんだよ実際はね。







僕は泣きそうになった。
子供たちが不憫と思った訳じゃない。
自分が不幸だと思った訳じゃない。
仕事に燃える気持ちが湧いたからではない。

ただ、1つの答えが見つかっただけのこと。
これは模範解答でないことも分かっている。



久し振りに病院に行った。
2ヶ月ぶりくらいかなぁ。
行こうと思っていたけどなかなか主治医とタイミングが合わなくてねー。
ぼちぼち薬が切れるからとにかく行かねばいかん。
近所のクリニックでもできる普通の薬だけどね。
新規は面倒なのよね。


ま、明らかに歩様が悪くなったのね。
鏡に映る姿を見てこれはいかんと思うくらい。
なので病院に電話したら主治医は2週間いないとのこと。
ま、誰でもいいやと思って別の医師に処方箋を出してもらった。

PTになんだかんだで15分くらい見てもらった。
そこで歩様の矯正だ。
これをやってもらうと結構違ってくる。
やっぱりリハビリは考えないといかんなぁ。
仕事と生活の両立というか、現状維持をするのはなかなか難しいね。


もう蛍が出てくるらしい。
ほとんど蛍には縁が無くて1回しか見たこと無い。
それも1匹。

滋賀の石山から瀬田に向かう国道1号線。
大江の交差点の手前で右折して住んでた家に向かう途中。
住宅地にフラフラと漂うように光る蛍がいた。
確かに水路はあったけどあんなとこにいるのは不思議だった。

病院で蛍の話をして帰りの車でシャッフルされて流れてきたのがホタルという歌だった。
なんか色々思い出しては情報を追加してみる。
でもって考えてみる。
どこが変わったかいな自分は、何があって何が無い。
しかしここでこれを出すとはやるねぇアップル。
これには意味があるのかい?
ただの偶然かい?
そんなこと思いながら霧島から帰った。






小笠原のこと書かないといかんなぁと思いながら過ぎる日々。
まだ半分しか書いていないし写真も整理してない。
早いね、もう2ヶ月過ぎちった・・・。
島に着く直前に電話をしまくった時にシーカヤックを予約した。
右麻痺ですけどいけますか?ってね。
そしたらパドルは持てますかと言われたのでそれくらいならと答えた。
じゃあ大丈夫です。
そんな返事が返ってきた。

なんとかなるかなぁと思っていたけど前日に不安になり直接店に行って聞いた。
そしたら問題無いと僕の状態を見て言われた。

カヤックに乗ってシュノーケリングをする。
インストラクターに頼ったらどうにかなるだろう。
どうせ港近くの湾内をぐるっと回ってライフジャケット着て浮くんだからとね。
水着もサンダルも持っていなかったので現地調達。
ここはハワイかいというような南国チックな水着(1500円)を購入。
サンダルは宿にたくさんあったゴムサンダルを拝借。
ここではギョサンというらしい。
漁民のサンダルということなのかな。



さてさて当日、連れて行かれた場所は小港海岸という湾内の砂浜。
参加者はインストラクターを入れて10人。
一人で参加してるのは僕以外にも2人いた。
ペアを決めるというところで迷わずにインストラクターとペアと名乗り出る。
そうして簡単な説明と練習をして海に出た。
3月とはいえ亜熱帯の海。
意外と温かい。
ウエットスーツを借りるか悩んでいたけどどうにかなりそうだ。
サンダルはこの足には正直きついので砂浜では終始裸足でいた。

少し曇っていたけど徐々に晴れていく空。
ここら辺をぐるっと回るのかなと思っていたら湾を出るという。
どうやらジニービーチというとこに行くらしい。
ちなみにここは陸路では行けないことになっている。
インストラクターもいて案外楽に進む海。
気持ちいい。
やっぱりこういうのいいなぁと思いながら早く着いたビーチ。



IMGP0359.jpg















なかなかきれい。
さすが小笠原と思わせてくれる。




IMGP0362.jpg
















こんな感じのカヤック。

色んな種類の青と砂浜の白。
きれいでちょっと感動してしまった。


5月23日

寝る前に考え事をしていた。
名前でその人の人柄を決めていないかとね。
鈴木さん、田中さん、山下さん・・・。
大輔、祐治、純子・・・。
何でもいいのだけどもそれ以前に出会った人で名前の印象が決まる。
なんだかんだでそんなことになってるんじゃないかとね。
かっこいい雄介君がいたら雄介はいい男。
かわいい矢野さんがいたら矢野さんはかわいいとね。
名字でも財閥系の名前だったらなんとなくお金に縁がありそうとか。
例えば鹿児島で肝付と言ったら名家で優秀であるとかさ。


太郎と考えたとこで金太郎はときてふと思った。
金太郎はキムタロウになるのかなと。(太郎って何と読むかは知らない)
もしかしたら韓国に金太郎という昔話があるんじゃないかとね。
金太郎の韓国起源説があったりして。
足柄山的な山があるんじゃないか。
いや、絶対あると勝手に思ってみた。
調べる気にもならないくだらないことを思いながら30歳最後の夜となった。


5月24日

誕生日。
普段通りに仕事をしていて感じる違和感が止まらない。
耳抜きができないのだ。
気圧の変化なんてないのに。
この時点でおかしいけど気持ち悪い。
耳の中の圧を変えるために蒸しタオルで温めてみたりしてみる。
でも治らない。
保健室にいる看護師に聞いたら病院にいきなさいと。
ごもっともな意見を有り難く頂く。

帰りに耳鼻科に行ってみようと思いながら過ごしていたら変な音が聞こえる。
左耳から壊れたスピーカーから聞こえるような雑音が聞こえ始めた。
いよいよおかしいと思って病院に行った。

近所の耳鼻科で色々検査をして異常なしと言われる。
これが続くようだったらちょっと治るの時間がかかるよと言われて不安になる。
突発性難聴だったら大変だ。
だけど君はアレルギーがあるから抗生物質とアレルギーの薬で様子を見よう。
アレルギーが原因なのもあるらしい。
そう言われて出てきた薬がクラリス。
ルパンだね、カリオストロだねと思いながら薬を飲む。
小さい頃からずっとアレルギー性鼻炎だったから何を今更ねぇ。

色んな体調の変化を経験してきたけど耳は予想外。
だけど脳と繋がってはいるんだよね。
粋な自分からのプレゼントだった。
こう来るかと思わせるサプライズだね。

薬が効いたのか一過性だったのか翌日には元に戻った。
もうね、ホッとした。



さてさて30歳になった時は入院していて病院で血を吐いてどうこうってやってた。
それと比べたら仕事をしてニートでもないし体の調子もいい。
かなり大きな変化のあった1年だったのかもね。
去年よりは元気だし、何よりやる気がある。
いいことだ。

ま、そんな感じで31歳が始まりました。

友人の結婚式に出てきた。

28歳くらいに迎えた結婚式のピーク。
遠くて行けなかったものもあるけれど久し振りの結婚式。
高校時代からの付き合いのある地元の友達。
数少ない地元に残った人間なので色々と話を聞いていた。

結婚式に向けて何をしたかどうなっていくか。
異様なまでの奥さんの盛り上がり。
色んなものが手作りなのだ。
各テーブルの小物までね。
それも完成度が高いの。

奥さんが半年くらい前からちょっとずつ作っていて部屋はえらいことに。
こういうのが好きとはいえ部屋に大量に。
浸食されていく旦那の空間。
なんか楽しみというより執念に近いものを感じてしまう僕。
気合いの入れ方が男と違うね、全く。

和にこだわる旦那との折り合いの付け方はきっと面白かっただろう・・・。
式の準備の流れを知っているので感慨深かった。



さて、とある組合の幹部が集まる披露宴。
そこのトップの息子は出席している同級生。
祝福のあいさつをしながら後を継げとやんわりとではなくほぼストレートに言う。
なんというプレッシャー・・・。
他人の披露宴で我が子を組織に披露していてそれはそれで面白かった。
頑張れ息子!





3年前の4~6月に2つの結婚式に出た。
そこで僕は拍手ができなかった。
なんとなく動く手ではあるがこの動きは難しい。
今でもかなり難しい。

正直言うと祝福したくてもできる状態じゃなかった。
手が動かない、動かせない、こんなこともできない。
大きな拍手を送りたいのにできない。
目の前にいる新郎新婦にねたみなんかは全くない。
だけど拍手すらできない自分に腹が立ち、心から祝えなかった。


だけど今回は動かないながらに拍手をした。
そういう気持ちにもならなかった。
何かそれなりに変わったんだろうね。
そんな気がした。

ほぼ同窓会みたいな結婚式は楽しいものであった。
受付、披露宴、2次会、3次会。
帰ったのは家を出てから12時間後だった。
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