Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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3月も終わりかけに近付き入院とリハビリに対する不満と疑問がピークに達した。
入院に対しては周囲に認知症患者が多すぎるということ。
皆、好き好んで認知症になっているわけない。
そんなことは分かり切っている。
でも、入院患者の3割が認知症の高齢者でその中で過ごすというのはきつい。
自分に直接関係なくてもきついもんはきつい。
ちょうどこの時期にちょっとしたことでわめき散らす婆さんが何人かいた。
食事は同じ場所で取るという病院としては管理しやすい決まりがあったので当然皆さん勢揃い。
わめき散らす婆さん見ながら飯を食うと当然気が滅入る。
やっとその婆さんがいなくなって落ち着いたと思ってたら今度は認知症じゃない爺さん。
今度はかなりの変わり者でまず食事を全てぐちゃぐちゃに混ぜて食うのだ。
しかもそのテーブルには爺さんと自分だけ。
そのぐちゃぐちゃの残飯のようなものを見ながらこっちは食わなきゃいけない。
当然、飯がまずくなる。
また、飯が来るのが遅い遅いとひたすらに愚痴を言い続けそれの相手も一日三回必ずしなけりゃならない。
ちなみにご飯は決まった時間にちゃんときてる。
爺さんが勝手に早く席につきわざわざ長い時間待ってるだけなのに。

リハビリに対する不満も入院と近い理由だ。
認知症の患者の相手は当然時間がかかる。
となるとこちらのリハビリしてもらう時間まで短くなるのだ。
老人優先になっちゃってこっちに手をかけてもらえない。
これは何が悪いかって人手不足。
リハビリのスタッフが悪い訳じゃない。
それなりによくやってもらってる。
それは本当に有り難いことだ。
だけど破綻にリーチのかかっている病院だから何もできない。
そうだ、ついでに主治医がどうしようもないダメ医者というのもある。
ここまで信用できない医者はそうはいないだろう。
とりあえずリハビリの先生なのにリハビリのこと何も知らないのはちょっとどうだろうか。

潰れかけの地方公立病院。
これでも出水市の医療の最後の砦だ。
受け入れ先もいっぱいで認知症の患者を外に出せない。
医者は逃げて減り、どうしようもない医者に当たってしまう。


自分で選んだのだけどこんなとこだとは思ってなかった。
何よりも自分にリハビリの知識がなかったのもいけなかった。
ただこれについては情報がないのだ。
実際に聞いてみてようやくぼんやりと分かってきたくらいだ。
そんな状態に付け加えて手術で参っていたのだから厳しい。
手術前の段階で後遺症はほとんど出ない。
出さずに取ってみせると言われた主治医の言葉を信じていた。
直前には難しいって言われてたけどね。
ちょうど検査入院していたときにやってた手術がうまいこといってたのに安心していたのもある。
ま、自分の状態をきちんと把握しておらずの段取り違いだった。


そんなことでどうにかしようと思いソーシャルワーカーに相談しに行ったのだ。
ここで悔やまれるのがこのソーシャルワーカーの使い方を知らなかったことだ。
入院手続きを母親にやってもらって説明があったのを知らなかった。
というよりソーシャルワーカーの使い方を知っている人はいるのだろうか?
とりあえず事情を説明して転院先をリストアップして探してもらうことにした。
入院期間も長く、回復期病棟に入ってだいぶ時間が経っているので受け入れ自体難しいのは分かっていた。
そしたら案の定リストアップした全ての病院に断られてしまった。
こりゃ、きついなぁと思ってたら一件だけ検討するという返事が返ってきたのだ。
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腕が動かない。
正確には動くけど痛くて動かせないか。
指先は多少動くようになってきているのに動かしてみると腕及び肩に痛みが走る。
全て動いて手になるようでどうしたら痛みは無くなるのか。


でも、考えてみたら最初から麻痺のひどかったのは腕及び肩。
指はそこまでひどくなかった。
この状態はなるべくしてなったようだ。

やだねぇ。
最近読んでよかったと思う本をいくつか。

「赤い月」
なかにし礼さんの小説。
満州に夢を見て、満州に地獄を見た女性の物語。
著者も引き揚げ経験があるようでやたらリアル。
主人公が自由というかなんというか。
とりあえず著者をすごい人だと尊敬。
別の本も読んでみたくなった。


「プラナリア」
山本文緒さんの小説。
無職をテーマにいくつかの短編から成り立っている。
現在の自分を重ねてしまうのが悲しいとこ。
でも、以前から気になっていたのですっきりした。
直木賞受賞も納得。
著者と似た名前の人を思い出し連絡してみようとしてしまった。
でも、話のネタがないし、連絡先のメールアドレスが生きているかわからないからなーんにもしてない。



「鴨川ホルモー」
万城目学さんの小説。
なんでもいいから文庫本が欲しくて入ったコンビニに唯一あった本。
鴨川というだけあって京都が舞台というか正確には京都大学のサークルが舞台。
読めばホルモーの意味も分かる。
なんだかんだで京都に縁があるので「すうっ」と地名やらなんやらが理解できた。
北の京産大、東の京大、西の立命館、南の龍谷大と出て参ります。
ただ、作中での設定通り四条烏丸を中心と考えたら「ん!?」と思ってしまう。
それだったら北のノートルダム女子大、東の京都女子大、西の京都外語大、南の龍谷大じゃないのかなぁ、って思ってしまうのは僕だけじゃないはず。
でもそうしたら話が成立しないか。
京都で学生してた人はおもしろさが増すはず。(はい、僕は正確には滋賀ですが何か?)
映画も公開中らしいね。
何も考えず読んだらおもしろい。
いかにもサークルって感じが。
という本を読んだ。
以前にドラマになってて名前は知ってたけど読もうと気が進まなかった。
理由は2つ。
まず闘病記ということで気が重い。
もうⅠつはドラマで演じた役者のイメージの悪さ。
ドラマ後でしかも役者なんだからと言われたら仕方ない。
ごもっともだとは思うけども、どうしても受け付けなかったのだ。


しかし読んでみると文章がおもしろい。
とても文学的才能があり、読んでいて純粋に楽しいというか気分がいい。
障害の受容と葛藤、思春期という多感な時期。
進行性の難病で身体の自由を奪われ、死んでしまうというハードな内容。


今日、頼んでおいた身障者手帳の申請書が届いた。
そんな日に読んだのも何かの縁だろう。
比べるのはおかしいけど自分なんて屁のようなもんだ。
北のノートルダム女子大ではなく同志社ですね。

あと需要ではなく受容でした。
気が狂いそうー

ラララララララー

終日叫ぶじいさん

アーアアア

死んじまえ そう僕は思ってる

今日も朝から しきりに唸り叫ぶ

せめて隔離して 無理なら戸を閉めて

聞いてたらこっちの精神が

ヤラレルー!







毎日、病棟内に響き渡るじいさんの叫び声。
椅子に手足をくくり付けられて、両手には指が使えないように鍋つかみみたいなものをつけられている。
そうでもしてないと点滴やらなにやらを引っこ抜いてしまうのだから仕方ない。
見た感じではもう人間らしさを感じられず、どっちかというと獣だ。
言語障害で言葉は喋れなく、記憶とかそっちの方も厳しそう。
自由に動く身体が今となっては虚しさを感じさせる。
見舞いに来る人もいないなぁなんて思ってたら奥さんがいるらしい。
しばらく前まで奥さんは来ていたのだがついに精神を病んでしまい、奥さんまでも病院通い。
奥さんが来ていた頃は叫ぶとかまでしていなかったじいさんだったけど、来なくなったら悪化。
高齢の夫婦が共倒れって状態。
明日は我が身という人はどれくらいいるんだろうね。


このじいさんがどうしようもない状態でいることは理解できる。
でも、こうまでなっているのなら手を打たないといかんよ。
見ていないと何をするかわからないのはごもっとも。
でも、部屋の戸を閉めてもいいんじゃないかな。
今でもガチガチに固定して、室内にもちゃんと監視モニター着いているんだからさ。
大学病院で看護師の数もやたら多い。
さらにリハビリ病棟で本当に危ないのはそのじいさんだけ。
直接見るというのは確実な方法だけどこれはいかがなものか。
もしかしたら看護のルールで決まっているのかもしれない。
だけど、他の患者に悪影響がありすぎる。
部屋にいるだけでなんとも言えない嫌な気分になる。
ここは監獄で誰かが拷問受けてるという錯覚。
部屋にいても休まれないのだから。
隔離できなくても戸を閉めるくらいはできるだろうに。
共同生活だから我慢しろっていうところは飛び越えてるよ。


その道の人から見たら少ないが、この半年でこんな人を何人も見てきた。
人間は簡単に壊れる。
それと同じくらい簡単に延命もできてしまう。
生きているだけでいいというのはよく聞く。
だけどそれに意味はあるのか。
人間でなければ簡単に殺す人間。
ちょっと前まで人間は人間を家畜のように奴隷としていた。
人間だけ特別という矛盾。
役に立たない、先は見えていても家畜のように殺すことはできない。
楽になるにはどうしたらいいのかな。
それともこういうことを考え、悩み、経験するのが人間に与えられた業というか使命なのかな。
夕食も終わりベランダで涼み、暗くなったので部屋に入る。
そしたら入ると同時に同室のおっちゃんが死にたいと言った。
最近よくそういうことを言っているのである。


どうしたらいいものか。
これは学校や会社行きたくないとか仕事がうまくいかないというレベルの「死にたい」ではない。
(僕の経験上だが、それで悩んでいる人には悪いけど、それとは次元が違う)

脊椎損傷による下半身麻痺。
歩けないので当然だけど車椅子。
麻痺で尿意を感じることはできず、排尿もできない。
それは専用の器具を使い自己導尿をしなくてはいけない。
必要条件は当然、車椅子専用のトイレでなくてはならない。
一回にかかる時間も15分程度で一日に10回はトイレにこもる。
便を出すことはできるらしいがちょっと油断するともらしてしまう。
紙おむつ着用だ。
治る見込みは無く、それが死ぬまで続く。
今は若くて体力もあるが、寝たきりという未来が遠くに見えている。
これからの生活の不安。
何よりも身体の自由を奪われたショック。
出来ることは限られ、やらなきゃいけないことは他人の数倍の時間と疲労。


自分なんかとはレベルが違いすぎて慰めの言葉なんてかけられない。
口から出る言葉に重みが無い。


おっちゃんが自分自身と折り合いをつけるしかないのは分かってる。
それを待つしかない。



今回は「音楽でも聴きましょ。」ということになり、僕のiPodを渡した。
暗い曲多めだけど…。
歳を一つとってしまいました。
許可が出てたのでこの日に外出しようとしたらまさかのNG。
ちょっと納得できなかったけど考え方を変えると入院期間が延びるかもしれない。
できる限り入院したいんだからそれはそれでいいかと自分に言い聞かせてみた。


寂しい日になるかと思ったら嬉しいことがいくつもあった。
感謝!
自分の記憶の中でははじめての両親からのプレゼントがあったのが1番の驚きだった。
やっぱりかわいそうな人になってるのかな。



でもこんな状態なのに不思議な充実感がある。
精神はこの10年くらいで1番安定しているし、気持ち悪いくらい前向きなのね。
飲んでいる薬の副作用に「精神を安定させる」ってあるんだけどその効果かな。
普通の人にはあるやりたいことってやつが僕にはなかった。
本当になーんにもなかった。
信用してくれないかもしれないけど、夢を持つことが夢だったんだからさ。
でも、できるできないは別としてやりたいことがある。
夢をもっている人のモチベーションはこういう感じなんだと知ったのが30歳手前。
こんなんだったら毎日楽しいなぁと今までの生活を思い返してる。
できることも限られてしまったのに皮肉なもんだ。
僕にとっての夢を持つことへの代償は不自由だったのかな?
ま、それもいいか。
小五の頃から続く夢についての悩みが無くなったんだからね。
ちょっと高くついたけどいいや。


探っていけば現実逃避かもしれないよ。
たまには落ち込んだりはするよ。
でも総合的に見ると1年前よりずっといい。


で何が言いたいかと言うと僕は落ち込むどころか、逆に元気なんですよ。
転院を受け入れると手を上げてくれたのは、鹿児島大学病院付属の霧島リハビリテーションセンターというところだった。
霧島は温泉で有名な観光地でそこの温泉を利用したリハビリと独自のリハビリ法を研究・実践している。
リハビリの世界では有名な施設である。
なんか良さそうと思い、調べてみたら判断が難しい。
まず、大学の研究施設であるということ。
治療以外に研究と教育がくっついてくるのだ。
僕には大学病院にはいい思い出が無い。
以前、別の大学病院に入院したときに味わった患者というより研究対象という扱い。
医学生や未熟な研修医の相手、時には身の危険を感じる医療行為。
こんなことされていい思い出があるはず無い。
一度下見に行ったけど病院の雰囲気がどんよりと暗い。
霧島というと聞こえはいいが陸の孤島と言っていいほど山の中にある。
なぜかコンビニは近くに一件あるけど、近くの街まで車で40分はかかる。
そしてそこのリハビリ方法がいいのか分からない。
そんなにいいものであれば普及しているはずなのに同じ県内でも実践はしていない。
そしてそこの教授の講座に行った人から聞いた評判があまりにも悪い。
いいものだったら評判も良いはずなのにおかしい。

そんなことを考えていたけれど今の状況を変えるには行くしかない。
ただ入るのは回復期病棟では無く、一般病棟になる。
そうしたら最大入院期間は一ヶ月短くなり、リハビリ時間も三割短くなるのだ。
不安はどうしようもなく大きいけど新しいリハビリ法にすがりでもしないと進展が無いのもまた事実なのだ。

まさに諦めと希望の葛藤中、僕は4月22日に転院した。



分かっていたが病院は薄暗かった。
でも、リハビリ室はやたらと明るい。
担当の作業療法士、理学療法士は同年代で接しやすいし、ナースも今までのおばさんから一変して若返り。
しかし、相変わらず主治医には恵まれず、残念な状態。
なんでこんなに話しが下手くそなんだ。
僕の経験上の予想だが頭はいいかもしれないけど社会に全く適応できていないタイプ。
でも、そんなに治療自体は無いからいいかと諦めた。


さて肝心のリハビリは今までと全く違っていた。
やっていることは素人でも考えつきそうなことだけど最新らしい。
簡単に説明すると、刺激を与え同じ動作を繰り返す。それで脳を刺激して神経回路を新しく作るというものだ。
人間の身体相手とは言え、リハビリの歴史が浅いとは言えこれが最新というのには驚いた。
これを皆が真剣にやっているのだ。
僕はとにかく言われたことをやり続けるしかない。
朝9時から夕方5時半までリハビリ室でいろんなことをやらされた。
そう、歩様を改善するために杖を使うことになったのは悲しかった。
これだけは大丈夫と思っていただけに鏡に写る杖をつく姿を見るのは嫌だった。

もう一つ、教授は評判とは違いとても熱心でホッとした。
でも他のリハビリ法を否定したりしているので講座に行った人の評判が悪いんだとは思ったら。
現行のリハビリを否定することは実際にリハビリをやっている人を否定していると感じたのかもしれない。
五月末時点での状況


手は親指の動きが少しよくなった。
三月末くらいから動くようにはなっていたけど、力を入れなくてもいいのが何よりも違う。
ただ、その他の指は相変わらず分離もしていない。
猿と人間の中間くらいだろうか。
でも、指の節々の痛みはほぼ治まってくれた。

腕及び肩の痛みと異様な張りは変わらず。
これのせいで指の動きまで制限されてしまっている。


足はあまり変わっていないが、爪先と足首の動きが少し良くなった。
でも、すぐ疲れて動かなくなる。
装具も作ったのでこれを使えばだいぶ歩様もよくなる。
足だけでなく体幹も麻痺しているのでそちらも良くしないといけない。
歩様が改善されなければ今歩くことはできても数十年後に関節が変形する。
それが怖い。


明らかに変わったのは起床後の痛みが無くなったこと。
すっきり起きることは幸せだ。
身体も慣れたのか肩コリも少なくなった。
確実に痛みからは開放されていっている。
後は肩と腕。
だけどこれが1番難しい。


ま、とりあえずまだ前進している。
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