Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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蒸し暑い部屋の中何とか過ごせる訳は扇風機の風で掻き回される部屋の空気と
少し空けた網戸から入ってくる外の空気、そして遮光カーテンのお陰。

メールが届いていた。
京都ではコンチキチンの祇園祭だそうだ。
いい季節になってきた。
京都の夏は最悪だけど風情というものがあるからまだましだ。
そろそろ四条界隈では鉾なんかが組み立てられていってるのだろう。
あれを見るのは好きだな。
やたらめったらに鐘と太鼓を響かせ引き廻すやつより品がある。
実際に宵山とか行ったのは一回だけだけど。
その一回も男友達と。
なぁ、そろそろ結婚したらどう?
彼女も近所に住み始めてひしひし感じるプレッシャー。

そんなこと考えながら網戸から見える外の世界は夏。
空と空気が夏仕様になっている。


そうか、もう夏だ。
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翌日の朝が早いときに限って眠れない。
眠るのが怖いのはなぜだろう。
余計にきつくなるのは分かっているのに。

始発の電車に乗って羽田に向かう。
行き先は寒いらしい。
こんな季節なのに長袖を着ている。
明け方なので肌寒いからあんまり違和感が無い。

飛行機に乗るのは20歳のとき以来。
しばらく乗ってなかった。
スカイメイトがあるときはよく使っていたのに。
ここんとこ新幹線と船ばかりだった。
目的地は若干肌寒い。
長袖は正解だったみたい。

会いたい人がいてほとんど押しかけるような感じで行ってみた。
予想通り簡単には会えない。
会うためにはただ待つしかない。
古い建物だとは知っていたけど本当に古い。
20年程前でも古いと感じそうな場所にはたくさんの人がいた。
僕もその中に混じって待つ。
冷房もないその場所は暑いというか息苦しかった。

今日はだめかもしれない。
そう思い始めた4時過ぎに名前を呼ばれた。
部屋に入るとあの人がいる。
色々話をしてみた。
やっぱり難しいらしい。
断られると思ったらできると言われた。

「君はけじめをつけに来たんでしょ?」
そんなことを言われて「・・・、はい。」と答えてしまう。
「今まで見ないようにしてきたけどそうもいかなくなったんでしょ?結婚するの?」
「いえ、そういうもんじゃないですけど・・・。」
「そうじゃないとしても今27歳、そういう時期だ」

そんなこと言われて曖昧な返事しかできない。
本当はそんなもんじゃない。
怖い?確かに怖いさ。
でも違う。
簡単に分かりやすく言うと「逃げ」この一言になってしまう。
あの頃に戻りたいとか訳の分からないこと言うつもりもない。
戻れる訳が無い。
むしろマイナスになってしまう。
分かっているけどそういうことかもしれない。

「時期は連絡する。」
「君は首を洗って待ってなさい。僕も手を洗って待っているから。」

部屋を出て薄暗い廊下を歩いていると泣きたくなった。







帰りの飛行機。
空港で電話をしたら驚かれた。
何でそんなとこにいる。
なんでやるのかと。
「いい時期だから」と答えるけどそれは答えにならないだろう。
迷惑この上ないし、時期も最悪だ。
分かっているさ、僕も馬鹿じゃない。

小さな頃ばあちゃんっ子だった。
正確に言うとひいばあちゃんっ子。
年の差80歳は当然と言えば当然か。

なので小さい頃はそのひいばあちゃんの影響で鹿児島弁もすごかったらしい。
今では使わなくなったような古い言葉も喋っていて年寄りと普通に会話できてたそうな。
今じゃほとんど覚えていないけどね。


とても印象に残っていることがある。
山の上に立っている鉄塔。
それが何かと尋ねたら大人になったら行ってみろと言われた。
電波塔とはその頃知る訳も無い。
大人になったら行こう、それは何なのか見てこようと思っていた訳だ。
それだけの話なんだけどね。


さてさて、大人になったから山に行けるようになった。
本当なら自分の足で登ることなんだろうけど自動車とか使ってしまいますけど。

そこがさ、とてもいい場所なんだ。
標高1067mの山頂からは下界が見渡せる。
鉄塔の近くの展望スポット、街灯なんかある訳ない暗闇の世界。
下界もきれいだけどそれ以上に星がきれい。
ずっと眺めていたいのだけど肌寒さと暗闇の恐怖であんまり長いこといられないのだけど。
それでも何度も行ってしまう。

しばらくがけ崩れで通行止めになっていたけどそろそろ行けないかな。
エンジンブレーキ全開で山を下ろう。

わいはそいをけ死んかぎいやとっとや。
やっとらんやろ、やっとらんとにそげんこというとや。
わっかうな!
やって決めたこたやらないかんとやろが、何を考えとっとよ?
やっでわいはやっせんとよ。



意味分かる人がいたら納得の内容。
こんなことやっていたら打ったくられる訳ですよ。
参考までに「やっせん」とは役立たずという意味でこれを言われると僕は確実に落ち込みます。










長渕剛の歌に「気張いやんせ」という歌がるのは知っていた。
今日初めて聴いて冒頭のあの言葉を誰かに言われたような気がしたというお話。
こんな歌

 どげんしてん やらんと いかん事がよ
 俺にも お前にも ひとつくらいある
 やっせんぼ やっとんからん よかぶいころの
 あげんな 汚っさね 真似やできん

 前つんのめりで 生きて 行こや
 誰が悪いち 言うもんか
 気張れ 気張れ 気張いやんせ
 一度どまけ死ん限い 気張いやんせ   

 泣こごんなった時や 俺家来んか
 馬鹿された時や お前も向こて行こや
 俺たちゃ どげんしてん 汚れ者
 じゃっけど 譲れんもんが あろ

 前つんのめりで 生きて 行こや
 誰が悪いち 言うもんか
 気張れ 気張れ 気張いやんせ
 一度どまけ死ん限い 気張いやんせ

 生好かん 奴なら 打ったくればよか
 負けたら 頭を 下ぐればよか
 寂しなったら 唄いやんせ
 俺にも お前にも 理由がある

 前つんのめりで 生きて 行こや
 誰が悪いち 言うもんか
 気張れ 気張れ 気張いやんせ
 一度どまけ死ん限い 気張いやんせ   

 気張れ 気張れ 気張いやんせ
 一度どまけ死ん限い 気張いやんせ

   
「いい先生だから話を聞いてみなさい」
ということを言われて赤坂のホテルに行ってみました。

若干薄暗いホテルのロビーにはアホみたいに人がいる。
立派なとこだけど、とても立派なとこだけどここまで人がいると品が無い。
その中に品の無い僕がいる。

商談のついでで話をしてもらったのだけどなんだろ。
すごい人だということだけどそんな感じがまったくしない。
医者に商売の話するなとは言わないけどできればして欲しくないね。
その話の後に心配ないよとか言われても説得力ゼロ。
軽いな、言葉が軽い。
こういうもんなんだろうかと思いながら「ありがとうございます」と言っている僕。
医者に清貧を求めるのは間違いだけど、実力があるのならそれでいいと思うけど。
なんか違う。
先生と呼ばれる人は金のニオイを感じさせちゃいけない。

VIP専門の医者でどっかの元大統領やら、イングランドのオシャレサッカー選手とかの
担当医らしい。
何度も言うけどすんごい稼いでるのは全然悪くないと思う。
当然さ。

ただね、レーシックと一緒にすんな!
それは絶対違う。
三連休の初日、休日出勤で本当に過酷な肉体労働をさせられる。
その結果、本日筋肉痛。
でも、翌日にきたのはちょっとうれしかったりする。
ホコリだらけの倉庫で作業した結果のどを痛めた。
痛い。



ニュースで15歳の女子中学生が父親を殺したということを最近やっている。
そんなに騒ぐことなのかな。
子の親殺し、親の子殺しってのはずっとずっと昔からあることじゃない。
親じゃなかったら騒がないくせに。
男女関係のもつれだったら納得するくせに。

でもまぁ、印象的な殺し方もあった。
去年、京都で女子高校生が寝ている父親を手斧で殺した事件があったと思う。
それ聞いたときに「やるやついるんだなぁ」と感心したのを覚えてる。
やるならこうするのが確実とは思っていたけど実行するのはたいしたもんだと思う。
小さな子供はほぼ必ずアンパンマンを好きになるらしい。
もうこれは日本人なら通らなければいけない道なのだろうか。
そう思うくらい子供に絶大な人気、すごい。
この間、アンパンマンたいそうを歌えることを知った。
メロディーを聴くと歌詞が出てくるのには驚いた。
もっと覚えなければいけないこともあるような気がするけどそれはそれ。





 なんのために 生まれて
 なにをして 生きるのか
 こたえられない なんて
 そんなのは いやだ!


 なにが君の しあわせ
 なにをして よろこぶ
 わからないまま おわる
 そんなのは いやだ!

 
 時は はやく すぎる
 光る 星は 消える
 だから 君は いくんだ
 ほほえんで

~アンパンマンのマーチより抜粋~

いつもここらへんを考えてしまう。
いつもバイキンマンはあの科学力があればやる気を出せば勝てるのにと思ってしまう。
いつもアンパンマンは力で解決するんだなと考えてしまう。
話合いでの解決は無いらしい、なんてアメリカチックなんだろう。
暇だったらどうぞ





ずっと考えてるのさ
「生きてるってなんだろ、生きてるってなぁに」ってさ。
これをはじめて見たときからずっと考えてる。

DS版ドラクエ5が出るらしい。
この会社は過去の遺産でしか勝負する気はないのだろうか。
それはそれで十分なのかもしれないけどね。

去年の秋にドラクエ4もDS版で販売してた。
そのときのCMを会社から帰った直後に見て泣いてしまった。
ストーリー無し、安っぽいコスプレしてるキャラクター、金なんかかかっていないけどさ、
なんか泣けた。


小さい頃にファミコンを買ってくれると叔父さんが言ってくれた。
僕はそんなにファミコンに興味なかったけど弟が欲しがっており
お願いしますと電話しようとする前に兄弟で会議をした。
ちょうどクリスマス前のことだ。
ちょうどスーパーファミコンが出た時期でスーパーファミコンかファミコンで悩んでたのね。
そりゃ将来的にはスーパーファミコンなんだけど値段が高いじゃない。
子供にとってのあの価格差はとても大金で申し訳ないと思っていた訳。
んで結果的にファミコンをお願いしたのだ。
電話口でスーパーファミコンじゃなくていいのかと聞かれてぐらついたけどさ。

今思えば大した額じゃないのね。 
その当時叔父の給料は今の自分の3倍くらいあったのだから。

ファミコンがやってきてなんか初めて買ってもらったカセットがドラクエ4だった。
お気づきの方もいるとは思うけどすべてが時代遅れな選択だったね。






さて、その叔父が入院して、最近リハビリの病院に転院した。
情けないことにその姿を見ることが怖くここしばらく顔を出していなかった。
覚悟を決めて2週間ぶりに会ってみるとびっくりするほど回復してる。
廃人同然だったのにそこそこの会話ができる、訳の分からないことも言わないし。
すごいね。



単純にすごいと感じた今日の叔父 明日はわが身かリハビリ病棟

会話がさちゃんと通じるうれしさを 感じた今日はリハビリ記念日

出勤時テレビに映るその姿 驚き咥えたパンをかじる


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