Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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先日、吹上町に流鏑馬を見に行きました。
元弓道部としてはどんなものなのか見てみたかったのですよ。


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こんなおじ様が矢を射る訳ですね。


しかしまぁ、大変失礼ながらうだうだ感満載でした。
神事という感じはしないし。
射手も真剣さというか覇気を感じさせないというかね。

由緒はあるようだけど地域行事の一環という感じでございました。
でも、いやな感じのうだうだ感ではなくなごめる感じのうだうだですね。




さてさて、その神社の近くには千本大楠というものがありました。
実際に千本の楠がある訳ではないけれども圧巻でした。
ご神木クラスの楠が群生してるのです。



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僕の後ろに映っているのは幹ではなく枝です。
龍みたい。



写真では伝わりにくいですがすごいとこです。
楠の巨木がごろごろとしています。
トトロが10匹くらいいそうな感じ。

はっきり言って屋久島の縄文杉見るよりこっちを見た方がいいです。
近いし、山道を何時間も歩かなくていいし。
それくらいです。


なぜ、有名にでないのかと不思議に思うくらい。
知っている人は知っていてネコとアヒルのCMのロケはここでやったとのこと。


だけど人がたくさん来たら土が踏み締められて木が傷むし、
歩道なんかの整備したら味気ないものになるのも事実。
このまま隠れた名所にしておいて欲しいな。








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旅人になるなら今なんだ
冷たい夕日に照らされて伸びる影


ということで学生のとき以来の行き当たりばったりの旅します。
一週間前に病院騒ぎやってどうするか迷ったけど決行!
大丈夫なはずさ。


朝一番で東京に来て今は熱海。

ちょっと古いけど大きなマンションに宿泊。
ピン子さんが上に住んでるらしいよ。
以前、入院していたときにお世話になったご夫婦にご厄介になっております。

不思議な縁だね。
犬も懐いてくれたしね。
動物にモテる男、りゅうじです。
高度成長期の新婚旅行の定番。
熱海は海に面した坂の多い街でした。

泊めてもらったお宅は崖というか山に沿って27階もあり、エレベーターもゴンドラみたいに大きく、どこかの観光地じゃないかと思うほど。
住宅というよりちょっとした要塞みたい。
聞けばバブル終盤の頃にできたらしく物が立派なのです。
昔は億ションだったそうです。
そう思えるところが随所にありました。

とにかく見晴らしが良く、眼下には太平洋。

羨ましいの一言です。


ただただいいなぁと思うところでした。

当日に連絡して泊めてもらうという無礼な僕。
お二人には感謝です。

さてさて、これから東京に戻ります。
東京に戻り浜松町にとった宿に荷物を置き東京駅へ。
そこから地下鉄で九段下へ。

東京での目的地は靖國神社。
昼食は目の前にある東京理科大の学食で食べる。
ちょっと休憩していざ靖國へ。


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ここから先は思想とか信教とかになってくるけどサクッと考えて欲しい。
あの戦争は何だったのか。
あの戦争でどれだけの人が死んだのか。
あの戦争で日本は何を得て何を失ったのか。

死んで靖国で会おうと言った若者。
英霊とは何か。
言ってしまえば神とは何かとずっと考えていたのです。


単純に言うとある時期からとにかく行かねばと思ったのです。
外交問題になるような場所。
以前東京にいたときには一度も行かなかった場所。

日本は本当に侵略だけが目的で戦争をしたのか。
極東の小国日本がアメリカを中心とした連合国に向かっていったのはなぜか。
侵略と言う下心だけで戦争をするほど日本は愚かだったのか。
そんなはずはない。

学校の授業で習ったことは事実なのか。
自虐的になりすぎてはいまいか。
というよりさせられているのではないか。

色々思うところはありました。
考えてください皇居のすぐ近くにある靖國神社に天皇陛下が行けない理由を。


戦争という狂気の世界で残虐な行為が無かったということは言いません。
あったはずです。
実際に聞いたり本で読んだりしました。
最近でもカダフィの扱いやアメリカ軍の非道な行為があるのです。
戦争とはそういうもの。
理性なんて保っていられる方が稀ではないか。

ただ敗戦国日本がすべて悪いというのはおかしいのではないか。
先進国と呼ばれる他の国でも似たようなことはあったはず。
だけどそれを前面に出す教育をしている国は日本くらいじゃなかろうかと。

自分の目で見て確認してほしい。
靖國神社には遊就館というものがあります。
是非行って見て考えて欲しい。

第二次世界大戦だけでなく日本の戦争の歴史について学べます。
戦地に向かう若者の遺書だけでも読んで欲しい。
それだけでも戦争に対する考え方が変わってくるはず。

個人的には戦死した息子や兄弟のために作った花嫁人形。
あれにはグッとくるものがありました。
当たり前のことができずに死んでいった幾万もの兵隊。
もちろん兵隊以外にも女・子供の家族、当時の日本国民の想い。


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これを見て最中を連想する僕は正しいのだろうか・・・。







東京の街歩いて思ったことはこの身体で生活するのはきついということでした。
電車に乗るのも歩く距離や段差で一苦労。
浜松町から九段下の往復なんて知れてるもんね。
やっぱり都会では暮らせないなと思ったのでした。

夜は以前勤めていた会社の同僚と会うことに。
なんかまぁ、色々話をした。
そして宿に帰り翌日に備えた。





東京に来た2つ目の理由。
小笠原に行きたい。
理由は日本で1番遠い場所。
距離も時間も遠い場所。
どんなに早くても往復に1週間はかかる場所。
仕事をやり始めたら間違いなく行けない場所。

家の事情で海外は行けないというのもある。
安い東南アジアにしようかと思ったけど口蹄疫がある。
事実、行きたかった台湾で発生してた。
これで万が一安愚楽牧場みたいなことしたら首を吊っても足りない。
ヨーロッパとかは費用的な面で無し。
ということで小笠原になったのだ。



翌朝は早く起きた。
そうしなければいけない理由はただ1つ。

チケットをまだとっていないから・・・。


思い立った日に運航している小笠原海運に問い合わせしてみる。
しかしもう当日券しかないらしい。
ここまで来てチケットを取れずに帰るのだけは避けたい。
だから僕は焦っていた。
9時半からの販売と知っていたけど8時に開く竹芝桟橋。
だったら並ぶしかない。
待つのは嫌だけどこれでとんぼ返りはもっと嫌。
なので8時ちょうどに着いた。
これなら大丈夫だろうとね・・・。


そしたらむっちゃ人が並んでいる。
びっくりするくらい並んでいる。
なんで?どうして?
フェリーってガラガラが定番じゃないの?

持っていた余裕が消えて焦りに変わる。
とりあえず列に並んでみたけどこれは乗船手続きの列みたい。
30分は無駄にしてしまった。
各所に聞いて回ってチケットの販売所に向かう。
そこに並んでいたのは2人だけだった。

とりあえず安心した。
安心したけど不安は消えない。
こんなにフェリーに乗るんだったら当日券も怪しいのじゃないかと。
そんなこと心配していたら後ろにあっという間に長蛇の列ができていく。
でもまぁ、なんとかチケットは入手できた。
2等しか空いていなかった。
ま、フェリーには慣れているつもりだったのでそこでいいとなる。
ちなみに料金は片道23,000円。
怖いので往復で買った。
手帳があるので半額になるのはちょっと得した気分。


チケットを買う間にこの旅にはかなりの問題があると分かった。
まず、宿。
ほとんど予約で埋まっているらしい。
そしてツアーも予約でいっぱいらしい。
シーズンオフなのにだよ。

侮っていた。
聞いてみれば小笠原は世界遺産になるから急激に旅行客が増えたらしい。
原発事故での東北離れ、さらに学生の春休み。
納得できるけどここまでとは・・・。
さすが東京。

焦って島のパンフレットを見る。
確実に宿の許容量より人数が多い。

どうする、どうする、どうする・・・。

とにかく宿を確保しないとと思うけど乗船手続きが始まって動く列。
荷物もあるので電話できない。
船の上ではもう電波届かなくなる。


仕方ない、どうにかなるさと思って船に乗り込んだ。
そして驚愕の狭さの2等船室。
IMGP0291.jpg















密航船状態。
60×175くらいしか自分の空間が無い。
ここに25時間。
厳しいなぁと思いながらも場所を確保して部屋から出る。
ここにいたらおかしくなりそうと思ったから。

船内を探検してたらさっきチケット買ったときの2人に会った。
1人は33歳で思いつきでの旅、かなり冷静と言うか冷めたタイプ(無職)
もう1人は68歳でこれも思いつきでの旅。
家の事情がかなりややこしい感じ。
息子が小笠原にいるので会いに行くために岩手から出てきたそうな。
旦那の親の介護やら家のなんやらで家にがんじがらめで一大決心で出てきたそうな。

これも何かの縁ということで3人で船室ではなくソファーでずっと話をしていた。
自分のスペースの狭さもそうだけど船の揺れ。
横になってしまうと揺れを強く感じるので座っている方がマシなのだ。
全く時化てはいないけど外洋なので慣れない人間には堪える揺れだった。
気を抜くと船酔いする。
なので話をしながらずっと座っていた。
席を取られないように交互に食事に行ったりしながら。

ソファーにはいろんな人が来た。
ずっと飲んで騒いでいる人。
じっと座っている人。
年配の人がとにかく多い。

そうそう、福島の団体さんがかなり陽気に騒いでいた。
そっちはどうですかと聞いたら明るい返事が返ってくる。
だけどその人たちは二本松の人。
やっぱり浜通りやら相馬の辺りは大変らしい。
しっかし陽気だった。
ずっと飲んで騒いでいた。

やっぱり寝ないといけない。
座っているだけどもきついし明日に響く。
部屋に戻って寝ようとしたけど自分のスペースにたどり着けない。
狭くて足の踏み場が無い、自分の足の悪さ、船の揺れ。
これじゃ他の人に迷惑をかけてしまうので駄目元で船員さんに相談。
そうしたら病人専用の部屋に移動となった。
15人部屋に4人のゆったり空間だ。
やった!
けどもしかしてこの人たち病気だとしたら何?
風邪?インフルエンザ?
それは困ると尋ねるとそうではないですから安心してくださいと言われる。

ちょっと寒い部屋だったけれどもゆっくり眠ることができた。

そして朝5時に目が覚めてせっかくなので朝日を見にデッキへ行く。
曇っていてあんまり奇麗じゃなかったけど面白い雲だった。

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朝日を見たらシャワーを浴びて朝の準備。
船が揺れるのでこの足では立っていられない。
座って体を洗う。

朝食後、船室の中で僕はフェリー乗り場でもらった小笠原のパンフレットを見ていた。
ガイドブックなんて考えてもいなかったので資料はこれだけ。
船内で得た情報では宿をとるのはかなり難しいということ。
そしてツアーに参加しないと何もできないということだった。
宿もツアーもかなり厳しい感じ。
だけどどうにかしないといけない。

とりあえず島に到着する直前に携帯電話が使えるはず。
そこが勝負だ。

まずは足の確保。
島のレンタカーは少ないし高い。
原付のレンタルがあるみたいなのでそこを狙おう。
宿はとりあえず観光協会に電話して探してもらおう。
1件1件電話するのは効率が悪いはずだ。
ツアーは参加したいところをリストアップ。
時間がもったいないので電話しないといけなそうなところをアドレス帳に登録しておいた。

そして島が近付いてきたところで外に出る。
携帯が圏外からアンテナの立つところから勝負開始だ。
ぼちぼち入ってよさそうなところに来てもなかなか電話はできない。
隣では船員さんのガイドが島の紹介をしてる。
クジラがいると言われて見ると遠くに確かにいる。
チラッと見たけどだけどそれどころじゃなかった。

そして電波が入ると電話しまくった。
なんとか原付は確保。
宿は港の臨時観光案内所に行けとのこと。
ツアーも2つ予約できた。
なんとかなりそうだ。
後は港に着いてから宿探しか。

ホッとして見渡すと同じようなことやっている人が何人かいた。
ここでの勝負は大事なとこだった。

そして港の観光案内所に行くとどこの宿もほとんど埋まっていると言われる。
ただ1泊1万円の宿か3500円の宿は空いていると言われた。
迷わず3500円と伝えてとりあえず寝床の確保はできた。

港に着いて一緒にいた女の人と同じ宿なら空いていると言われてそこにしようとしたけど
そこは自然とかロハスを追求するとこだったので僕には縁が無いと思って断った。
だって自然がどうこうというのは嫌いだもの。
あと、その宿は中心地から遠かったので断って正解だった。

紹介された宿はなんと88歳のばあちゃんが営む飯場みたいなとこだった。
1部屋に2段ベッドが5つで実際にいたのは4人。
すし詰めでなくて安心した。
布団があればどうにかなるしね。
風呂・トイレ・台所は共同。
1階が女性部屋で2階が男性部屋。
僕には充分。
後で知ったけど島でどうしても寝場所が見つからなければ紹介される宿だった。
ちなみに小笠原でテントを張っての野宿は禁止。
船で寝泊まりするというのもあるけどそれだけは嫌だった。
でも、1回船を降りると宿泊すると言われても受け入れてくれないらしい。
だから結局は行きつくとこに行ったのだ。

予約していた原付を受け取り島のメインストリートを探検。
端から端まで300mくらいかな。
そこにギュッと商店やら飲食店、土産物屋が集まっている。
南国感はあるけど残念ながら観光客が多すぎて風情が無い。

自炊になるので店で食材を買って宿で一休み。

夕方になったので夕日がきれいだと言われる場所へ。
展望台にはたくさんの人がいて夕日の沈む瞬間を待っていた。
そこに入り込んで見てみたけど大した感じるものはなかった。

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うん、夕日だね。




食事はかんぱちの丼ぶりみたいなやつだったけどいまいち。
あと、接客態度の悪いこと。
はずれの店だったのかなぁ。
ちょっとがっかり。
だけど、75歳一人旅のおじいちゃんと話せたのは良かったから良しとしてみる。

寝るには早いのでさっき夕日を見たところへ星を見に行ってみる。
誰もいなくてそれはよかったけれども感じるものはなかった。
こんなもんかなと思って就寝。


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乗ってきたおがさわら丸。
コンテナが邪魔だけどこれが動くのは次の出港まで無かった・・・。

島に着く直前に電話をしまくった時にシーカヤックを予約した。
右麻痺ですけどいけますか?ってね。
そしたらパドルは持てますかと言われたのでそれくらいならと答えた。
じゃあ大丈夫です。
そんな返事が返ってきた。

なんとかなるかなぁと思っていたけど前日に不安になり直接店に行って聞いた。
そしたら問題無いと僕の状態を見て言われた。

カヤックに乗ってシュノーケリングをする。
インストラクターに頼ったらどうにかなるだろう。
どうせ港近くの湾内をぐるっと回ってライフジャケット着て浮くんだからとね。
水着もサンダルも持っていなかったので現地調達。
ここはハワイかいというような南国チックな水着(1500円)を購入。
サンダルは宿にたくさんあったゴムサンダルを拝借。
ここではギョサンというらしい。
漁民のサンダルということなのかな。



さてさて当日、連れて行かれた場所は小港海岸という湾内の砂浜。
参加者はインストラクターを入れて10人。
一人で参加してるのは僕以外にも2人いた。
ペアを決めるというところで迷わずにインストラクターとペアと名乗り出る。
そうして簡単な説明と練習をして海に出た。
3月とはいえ亜熱帯の海。
意外と温かい。
ウエットスーツを借りるか悩んでいたけどどうにかなりそうだ。
サンダルはこの足には正直きついので砂浜では終始裸足でいた。

少し曇っていたけど徐々に晴れていく空。
ここら辺をぐるっと回るのかなと思っていたら湾を出るという。
どうやらジニービーチというとこに行くらしい。
ちなみにここは陸路では行けないことになっている。
インストラクターもいて案外楽に進む海。
気持ちいい。
やっぱりこういうのいいなぁと思いながら早く着いたビーチ。



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なかなかきれい。
さすが小笠原と思わせてくれる。




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こんな感じのカヤック。

色んな種類の青と砂浜の白。
きれいでちょっと感動してしまった。


ジニービーチではシュノーケリングをしてみた。

悲しいかな麻痺足でフィンを履くのはなかなかに難しい。
というかできない。
でもなんとか履いて海に出ようとするが波に押し返される。
砂浜に押し寄せる波が高くてすぐ倒れる。
そんなことしながらどうにか海面に浮いてみる。

うん、分かっていたけど濁ってる。
そりゃこんだけ波が立ってたら濁るよね。
なんか想像してたのとは違うけどまぁいい。
海に浮かべただけで良しとしよう。
そう自分に言い聞かせてプカプカ浮いていた。

いや・・・、浮いていたかかった。
あんまり自力で進めないので波に流されてしまう。
なんか気が付いたら岩場の方に流されていて怪我しそうに何度もなる。
もがいても波に勝てないのでされるがままに漂流していた。
後でインストラクターが救助しようかと迷っていたと言った。
うん、助けて欲しかった。
海水飲み込むし、岩にぶつかりそうになるし怖かったよ。

これは湾内でやった方が絶対いいと思うけどそうはいかないのが観光らしい。
ま、普通に泳げたら問題ないのだろうけどね。
透明度や魚を思えば穏やかなとこがいいと思う。


上がってすぐに体を拭くと寒くも無くちょうどいい感じ。
そしてビーチで弁当食べて帰ることに。

薄々気付いていたけど海が荒れ始めていた。
早く帰らなきゃいかんということになり海に出る。
インストラクターが付いていて海に出るとき2度転覆した。
悲しいかなプロがついていてもこうなるのだね・・・。
もっと早く!と言われても精一杯やってのこれ。
迷惑だろうねー。
でも、どうにもならないのよ。

さて、風が出てきて海が荒れ始めていた。
何よりも潮に逆らって進まなきゃいけないのでみんなちっとも前に進まない。
僕は早々に邪魔になると思ってすべてをインストラクターに任せた。
本当に前に進まない。
先に行く人は行っていたけど僕はインストラクターと一緒なので一番最後。
一組全く進まない男女のペアがいた。
ずっと手をつないで仲良くしているバカップル。
男は見た目ゴリラで体力ありそうなのに肝心なとこで休む。
女は役立たず。
結果前に進むどころか戻される。

潮と風に流されて岸に流されそうになるのね。
そしたらインストラクターに「こっちに来い!死にたいのか!」と叱責されるのね。
波で岩に当たれば怪我以上のおまけがくるからね。
沈みはしないけど確かに死にそうにはなると思う。

僕は何もしていないけどパドルを持つ力も体勢を維持するのもきつくなっていた。
あの馬鹿男、根性見せてくれよ。
こっちは座ってるのもきついのだよ。
そして気温が下がってきて寒い。
姿勢を維持することもできなくなってイラついているインストラクターに怒られる僕。
僕なりに歯を食いしばって邪魔にならないようにしていた。

体中痛いけどバカップルのために前に進めない。
男、何やってるんだよ!
見せ場だろうがよ!
何のためにその立派な体はあるんだよ!
と、心の中で怒鳴り続ける。

何度も同じ場所を行ったり来たりするカヤック。
振り向けば流されている。
そしたらそれに合わせて戻るこっち。
苦行以外の何物でもない。

三角波に驚き、びしょ濡れになり風に体温を奪われる。
風と潮で思った方向に行けない。
座り続けて姿勢を保持する苦痛。

北朝鮮から日本海に小舟で出てくる人を思う僕。
決死の覚悟じゃなきゃできない。
本当に海怖い・・・。


結局このバカップルのはロープでけん引することになった。
別の女の子2人でもちゃんとやってたのであの男の罪は大きい。
そしてそれ以上に僕は役立たず。
邪魔にならないようにすることすらできなかった。

行きは30分くらいの道のりが帰りは2時間以上かかっていた。


陸に上がった僕の体は硬直して思ったように動けない。
歩けないくらいに固まった体。
歩幅も20センチくらいしかない。

やっとの思いで車にたどり着き着替えた。

さてその車(鍵はつけっぱなし)を誰かが動かしていてキーを回したままにしてしまってた。
結果、バッテリー上がり。

どうするんだと思っていたら押しがけをするそうな。
バイクならよくやるけど自動車(ハイエースクラスの)では初めて経験した。
人数がいなきゃできない方法だ。
当然僕は戦力外。
なんとかエンジンはかかり帰ることはできた。
疲れに疲れた。

やっとの思いで宿に戻った僕は悩んでいた。

実はこのシーカヤックのオプションでナイトツアーを予約してたのだ。
だけど、疲れすぎてとても行ける状況じゃない。
誰かに代わりに行ってもらおうと思い宿にいた人に言ってみる。
なかなか見つからなくて声を掛けようと思わなかった人に言ってみたら
露骨に不信がられた。
なんだよその目は。
下心ないし、嫌だよ俺だってさ!

ま、それでも見つかったので代わりに行かせていいかとガイドに聞いてみたら
ダメとの返答。
無駄にシビアと言うか商売熱心というか。
確かにルールを崩すと良くないけれど融通利かしてもいいじゃないさ。

お金は払っているしもったいないので行くことにしました。
そんなに歩かないと聞いていたので乗り切れるかな。


で、まずは海岸へヤシガニ探し。
だけど探せども探せども見つからない。
いつもより気温が低かったのでヤシガニは営業してない模様。

はい次!
ということでオガサワラオオコウモリ探し。
これは案外簡単に見つかったけど暗くてよく見えない。
暗いし、黒いし、遠いし当然だね。

んっ、次!
光るキノコ。
この島にはグリーンぺぺという光るキノコがあるらしい。
しかしこれも時期が悪く見つからない。
まぁ仕方ないと思っていたら他のナイトツアーの団体さんと遭遇。
その人たちは入っちゃいけない場所に入ってた。
少なくなってきたグリーンぺぺを守るためにガイド同士で決めているとのこと。
それを破っているのでうちのガイドが怒って止めに行っていた。
生息地を荒らすとどうなるかは分かっているけど止まらないらしい。
せっかく来てくれた人に見せたい気持ちも分かるがそこまでして見たいもんではない。
ちなみにとても小さなキノコなので見応えはないと思う。
ま、これがこの島の行く末を暗示している。
屋久島のことがふと頭に浮かんだ。

ガイドがなんか悪いねと言ってかわりにオレンジぺぺを見せてあげると言われた。

IMGP0394.jpg















国立天文台の直径20メートルの電波望遠鏡だ。
オレンジ色にライトアップされている姿はでかいキノコ。
大きさが伝わらないのは僕の腕が悪いからなので許して欲しい。


でもって僕が1番印象深かったのは防空壕である。
激戦地硫黄島に近い小笠原は戦跡がたくさんある。
基本的にガイドなしでは行けない決まりになっている。
案内されたそこは広い元倉庫だった。
発破と手掘りで作られたその空間には圧倒された。
さらに夜だと怖さも加わる。
当時のノミなんかも置いてあったけどいくつかは持ち去られたらしい。
観光客が増えると悲しいことも起こる。

縁起が悪いから嫌がる人もいると思うけど感慨深い。
良く見ると島の岸壁には人間が作ったとしか思えない穴がたくさんある。
ちなみに戦闘で死んだ人はこの島にはいない。
ほとんど病死らしい。
それも兵士だけで一般人は島から出されていた。
だからそこまで気にすることはないはずだ。


そして、やっとのことで長い1日は終わった。

シーカヤックの疲労で起きたのは昼前だった。

身体は重いが宿にこもっていても仕方ない。
天気も薄曇りで気温も低い。
今日がシーカヤックでなくて良かった。

さてさてせっかく原付を借りているので島を一周しよう。
まず最初に小笠原海洋センターへ。
何が目当てかと言うとウミガメ。

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いい顔してる。


そしてちょっと珍しいアルビノのアオウミガメ。

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美白である。




公共事業。
島を支えるある意味産業なのだろうが資材置き場やらなんやらがある。
雑な感じが島である。

そのまんま道を進みゴミの処理場や火葬場を見つけた。
ごみ処理の技術はすごいらしい。
火葬場は予想通り。
この島で死ねることは島民にとっては幸せなことらしい。
病気になると東京に移されるので骨になるまで小笠原には帰ってこれない。
医療設備が無いからどうにもならない。

畑でどんなものを作っているのか、田んぼはあるのか観察してみる。
土地も少ないので耕作地は少ない。
元田んぼはあっても今はもうないらしい。
買った方が安いし、水の少ない島で稲作は向かないからね。
どう考えても人口に対して耕作地が少なすぎる。
無理があるんだろうね。

海岸線から島の内側に入ると住宅地が造成されていた。
今ブームだからなのだろう。
しかしこの島で家を建てるのは大変である。
資材を運ぶだけで本土の2倍近く費用がかかるのだね。
本当に好きでなければここには住めない。

この島には純粋な島民は少ない。
多くが移住者だ。
海が好きだとか自然が好きだ云々の理由。
面白いことに純粋な島民は日本人の顔をしていない。
元々は、アメリカ、ハワイ、イギリス、ドイツ、ポルトガル、デンマーク、
フランス、南方系のポリネシアやハワイなど。
これらと日本の混血なのである。

だからこんなものがある。
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デザイン含めて日本らしくないね。
だけど神社もある。
混ざってるね。


色々考えながらゆっくり回ったけどすぐに一周してしまった。


時間がまだあったので土産物屋を見て回る。
これと言って何もないけれど心を奪われたものが1つ。
それがこれ。

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何かと言うとシロナガスクジラのひげである。
ちょっと高かったけど買ってしまった。
もう手に入らないだろうし憧れの地球最大の生き物シロナガスクジラ。
これが1本のひげというのがすごい。
さすが30mあるだけのことはある。
今後手に入れようとしたらシーシェパードから焼き討ちにあいそうだし。
死体が陸に上がることも生息域を考えてもまずないだろうしね。

もう1つマッコウクジラの歯もあったけど高すぎて手が出なかった。
いつか買うのもいいかもしれない。


夜は知り合った若者と飲みに行った。
考えが若すぎてついていけない。
おじさんも考え方が古いのかなぁと思ってしまう。
ただ、うらやましいとは全く思わないのね。

しっかしこの島の接客はひどいもんである。
雑で愛想が無い。
BGMで沖縄の島唄が流れてるけどどうしたものか。
ま、求めてはいないけど来た人にはがっかりされるだろう。

そして食べ物がおいしくない。
島だから新鮮な海の幸と思ってはいけない。
普通に静岡直送の鮮魚と書いてある。
どんなに早くても2日かかるのにそりゃ美味しくないね。
島の魚もあるけど多くの島の漁師は漁に出ないで観光に船を出すのだ。
そして魚もあんまりおいしくない。
魚は南より北だね。


若干のカルチャーショックだったのはウミガメを食べること。
普通にウミガメ入荷しましたって張り紙がある。
煮込みと刺身がある。
煮込みはちょっと気が引ける見た目なので刺身を1切れもらって食べた。
味気ない鳥刺と言ったらいいだろうか。
まずくはないけどおいしいとも思えない。

ちゃんと制限があって決められた量しか取ってはいないとのこと。
これも文化ってやつだ。
カメは甲羅がナベになるって聞いたことがある。
リクガメはそうらしいがウミガメはどうなんだろ。
鴨ネギも真っ青の亀ナベだね。
食べてくださいって言っているようなものだもの。











小笠原最後の日に予定が無かったのでフェリーの出港までにできることをしよう。
と、思い立ち急遽ホエールウォッチングと南島に行くことを決めた。
ダメ元で観光案内所で聞いてみたら見つかった。
あんまり評判は良くないとのことだったけど宿のばあちゃんは大丈夫と言う。
純粋な小笠原っ子のようだ。
クジラを見たいのと小笠原に来たなら南島に行かないといかんという人も多かった。
だからせっかくなのでということだ。

港で待っているとピンクの船がやってきた。
IMGP0806.jpg















こんな感じの船に乗ってまずはクジラ。

フェリーからも見えるくらいたくさんいるのはザトウクジラ。
ヒゲクジラですね。
クジラと言えば給食の竜田揚げですね。
懐かしいな・・・。

さて、簡単に見れるけど写真を撮るのは難しい。
最初は写真ばかり撮っていたけど諦めた。
写真はプロに任せてちゃんと目で見ようとね。

でも撮ったのはこんな感じ
IMGP0678 - コピー















ザッパーンしてるね。




船に近寄ってきたやつ。

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ザッパーンから間近でチャプンまで見られて満足。


そしてこのまま南島へと向かう。
南島は入島制限のかかっている島でとてもきれいなとこ。

どれくらいかって言うとこれくらい。

IMGP0786.jpg


IMGP0782.jpg
















紅の豚のポルコの隠れ家みたいだね。
空賊連合の見ていた景色ってこんな感じかなと思ってみる。

こんなカタツムリの半化石もあったりする。
IMGP0798.jpg
















色もきれいでかわいらしい。
あまりにも無造作にたくさん転がってる。
簡単にポケットに入れて持って帰られそうなのでこれだけはやめて欲しいね。
こんな感じかぁと思いながら港に帰ることになった。





フェリー出港前。
同じ宿に泊まった仲間ですね。
千鳥という宿なのでCで。
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フェリー出港の見送り。

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これは普通の出港だけどここからがすごい。

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船が並走。
さりげなく後ろで放水してる。



IMGP0849.jpg


















かなり長い距離の見送り。


そして最後は・・・。

IMGP0866.jpg

















海にダイブ。




そして漂流。
あ、ちょっと飛んでるけどいいか。

IMGP0859.jpg

















そして行きと同じ長い船旅。
場所も移動しやすいとこにしてもらった。
そしてほぼ寝続けて東京に着く。

東京でどこか行こうかと思っていたけどそんな気も起きない。
疲れたので最終の飛行機で帰ることにした。




小笠原の観光客の多さに対応しきれていない地元。
壊れていかなければいいけど難しそうだな。
そう思れて仕方ない状況。
一時のブームではあると思うけど頑張って欲しいとこである。
そうしないとえらいことになるからね。

もう行くことはないだろうけど行けて良かった。


半年かかった旅日記もこれで終わり。




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