Dragon World

ま、それなりにやっているつもり

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先に言っておきます。
つまらない&気を悪くするかも知れません。
ただ簡単に言うと結論はやるしかないということです。
そんな感じでご容赦を。




さっきまでNHKで「働き盛りのがん」って番組をやっていた。
ここ最近自問自答していたことを風呂上りのテレビでやっているのだ。
風呂の中で何をすべきなのかこれからどうしていくのか考えていた。
いろいろなことから逃げている。
それは秋くらいから顕著になっていた。
すべてが億劫なのだ。
理由は明確で動かない体に苛立ってやる気を無くしてしまうのだ。
何をするにも体が重く違和感があり、そして動かない。
70代の体の動きくらいだろうか。
とにかく動くことをためらってしまうほど動かない。
動いても遅いし正確ではない。
ほぼ全てのことが思ったようにいかない。
今ではゆっくりと動く年寄りの気持ちがよく分かる。
体がついてこないのだから。
1年前まで何ともなかったことがいろんなところで引っかかる。

ほんのちょっと無理したら体が痛くなる。
気温が低いと体が強張って動きが悪くなる。
特に右腕を動かす際の違和感が大きい。
ちゃんと歩けないどころか足のクローヌスが悪化している。
足の指の変形が始まっている。


足については杖を使ったら多少は改善するだろう。
だけど杖は使いたくない。
見た目の問題もあるけれど杖はやる気を無くす。
ただ歩くだけならいいけど、そうじゃないことだって多い。
杖があると何もできない。
たった1年でこれなのだからこれから先はどうなることやら。


番組ではがんとの向き合い方、付き合い方についてだった。
何よりも闘病中に感じる社会と関わっていたいという気持ちには同感だった。
もう1年半仕事をしていない。
20代後半ででこれだけの期間宙ぶらりんだとどうしようもなく申し訳ない気持ちになる。
ニート、引き籠りの人達の社会参加が難しいのはよくわかる。
仕事をして社会と関わっていないとどんどん卑屈になって戻れなくなりそうだ。

直接命がどうこうという状態でない自分だけれどもよく分かる。
病気云々で社会が拒絶することがあることも分かる気がする




ついでなのでもう1つNHK。
9月くらいにミスタージャイアンツこと長嶋さんと王さんの番組があった。
脳梗塞で重めの障害も持って現在もリハビリ中の長嶋さん。
人により見方は色々だと思う。
あんまり出てこなかったけどもうこんなに元気になったのかと思う人。
同じように脳梗塞になったON世代の人達の希望かもしれない。

ただ、僕から言わせると長嶋さんの姿は絶望の象徴だ。
長嶋さんが悪いのではないと断っておく。
かなり熱心にリハビリしているとリハビリの世界ではよく聞くのだ。
情熱を持ってリハビリをしているのは間違いない。
かなりひどかっただろうと思うが脳梗塞発症後の状況も知らない。
劇的に回復しているのかもしれない。

僕が言いたいのは天下の長嶋さんが日本最高のリハビリを受けてもあの程度ってことだ。
金に糸目をつけない治療、そしてリハビリ。
もう実費のリハビリをずっと続けているはずだ。
発症から数年経っているので庶民は病院にも行けないし、なかなか相手にされない。
誰もが知るビッグネームだからこそできることだ。
じゃなければ病院は普通受け入れてくれない。
僕が行っても初○リハは絶対に受け入れてくれない。
最先端と言われる病院のリハビリは大したことないと思ってしまう。
リハビリについてはこれくらいにしてこう。
これについてはちゃんと書くつもりだ。




うだうだうだうだ、うじうじうじうじ。
時間が過ぎていくのを待っている。
そんな自分が嫌だ。
字すらちゃんと書けない。
そんな生活。



やるしかない。
理屈は分かっているけれども心がなかなかついてこない。
そんな感じ。

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僕は月に1度病院に通っている。
いわゆる定期通院ってやつだ。
出水から霧島までノンストップで2時間。
往復4時間だから1日がかりになる。

はっきり言って行かなくてもどうにかなるんだけど行くようにしている。
まずはリハビリの専門医が鹿児島にはここしかいない。
こればかりは専門の人に見てもらわなくちゃならないから仕方ない。
やっと見つけた相性のいい医師なのでこの人を今は頼っている。

次はリハビリの情報収集。
リハ室に行って何か新しいことはないか聞き込みしている。
今のとこあんまり実績はないが続けなきゃいけない。

最後の理由が入院している患者さんを見ることだ。
病院に行ってリハ室の椅子にドンと腰掛けて周囲を見渡し僕は観察する。
脳疾患専門なのでなかなかの人たちがそろっている。
その人たちを見て僕はマシな部類だと自分に言い聞かせる。
病院という特殊な空間に僕はいて、ここではうらやましがられるくらいマシなのだ。
そう思い込ませるために僕は自分よりひどい患者さんを見ている。
あんまり良くないことかもしれないけれどこうしなきゃ、こうしなきゃならない。
シャバに出たら僕は十分に特別な部類に入ってしまうのだから。
だからここで俺はマシだと自分に言い聞かせるのだ。
気の毒な人は見えないとこにたくさんいる。
その人たちには悪いけど気持ちの充填をさせてもらっている。

今日はずっと動けなかったおじいちゃんが平行棒の中をなんとかかんとか歩いてた。
その姿を見て涙ぐむ孫娘。
ここまでこれてよかっただろうけどこれからが大変だよと心の中でつぶやいていた。

同じ時期に入院してた若い女の子が再出血して入院してた。
僕はこの子のようになっていた可能性はかなりあった。
悪い展開の僕がその女の子なのだ。
気の毒で仕方ない。
だけど裏腹に「あぁ、まだ俺はマシだ」と思う僕がいるのも事実。

僕が長めに病院にいる理由は暇だからじゃない。
自分の立場を再確認するためである。
そうしなきゃやってられない。
かなりの冷え症です。
去年はうさぎ型モコモコスリッパを購入しましたが今年はこれ!

DSC01661.jpg
















ついに作ってもらいました。
完全なる一点物。
一番冷える足首部分をカバーするためにブーツ仕様。
製作に一月半かかりました。

暖かい・・・、感謝です。
僕が手術するときは細かいことなど考えずにしました。
そんなこと考える余裕もなかったし、どうしていいか分らなかったから。
後悔もあるけど、ま、仕方ないと思っています。

そんな僕が知った1冊の本。

「脳動脈瘤がみつかったら」

僕の手術を執刀した上山先生監修の本です。
値段は1200円。

とても詳しく分かりやすく発見から手術までの流れが書いてあります。
あの時、これがあったらと思ってしまうくらい。
脳動脈瘤と書いてありますが脳の手術はこんな感じだというのが分かります。
僕のAVMも症状、リスク、後遺症は脳動脈瘤と大きくは変わらないから。
これを見ているとあの不安から少しは逃げられそうな感じ。

ただ、残念なのが術後のリハビリについてあまり触れていないこと。
脳動脈瘤のクリッピングは後遺症が少ない訳ではありません。
他の病気もそう。
手術する場所次第だけれどもとんでもない後遺症が待っている可能性があります。
もちろん、術前にしっかりと説明はあるだろうけどね。

大概の人はうまくいって日常生活を送ることができます。
だけどそうならなかったらその先を考える必要があるのです。
本では命があるのが大事でリハビリ頑張りましょうくらいしか書いてありません。
確かにその通りだけれどもリハビリの心構えも書いてほしかった。
これが外科とリハ科の壁なのかなぁ。

経験者だから言います。
手術するなら先を考えてしっかりとしたリハビリの病院も探してください。
ただ、回復期病棟があるだけじゃダメです。
リハビリの良い病院は少ないけれど探してみてください。
それをすると後でリハビリのやり方や期間、手帳の申請と色々と変わってきます。
これが後の人生に大きな影響を与えるのです。
本当です。



眠りに問題があるもので睡眠剤を飲んでます。

今はベンザリンというちょっと強めのやつです。
睡眠導入剤の上のランクのやつなのかな。
リスミーと似たようなものでよく手術前に渡されるみたいですね。
明日手術で不安で仕方ない人でも眠らせてしまうくらいです。

これを飲むと何がいいかというと睡眠時間が人並みになります。
飲まなきゃ今でも10時間睡眠コースなのですよ。
それくらい寝なきゃ疲れがとれません。
何もしてないこの生活でもそんな感じです。
寝付きもそうだけど眠りの深さはとても重要です。
これで夜中起きることなく8時間睡眠くらいになりました。
今のとこうまくいってます。


ここまで来るにはちょっとありました。
まず最初に飲んでいたのがマイスリー。
最近は眠れないと病院で言うとこれが処方されることが多いです。
睡眠導入剤ですね。
すぐ効いてきます。

最初の頃は問題なかったけれども夏くらいから異変が起こるようになりました。
夜中に無意識で電話やメールをしてるのです。
ひどい時は夢遊病のようにうろうろしてました。
わざわざパソコン開いて何かやっていたりとか・・・。
何人に夜中に訳のわからない連絡をして迷惑をかけたことか・・・。

少し覚えているのだけれども飲むと世界が明るく見えてくるのです。
薬に酔ってハイになっていくのが自分でもわかったのです。
とにかく明るい道が開けて見えてそこからは異常行動という流れ。

眠れない、もっと飲もう、まだ眠れない、もっと飲まなきゃ・・・。
このスパイラルに入りこんでしまって過剰摂取という一番やっちゃいけないコース。
結果、取り上げられてしまいました。

次に飲んだのがアモバン。
これも睡眠導入剤です。
ちゃんと効きました。
効いたけど副作用がきつかった。
それは変な副作用で唾液が苦くなるというもの。
吸収された成分が唾液に出てくるの。
もう苦い。
水が苦いの。
これはきつかったのですぐ中止になりました。

睡眠導入剤くらいでは寝つけるけど夜中に目が覚めるので
しっかりと眠られるベンザリンがいいかな。
今はそう思いながら飲んでます。


別に解熱鎮痛剤も問題あり。
以前ほどではないけれどたまに頭痛があります。
胃潰瘍をやってしまい胃が弱っているので飲めなくなりました。
基本的にはロキソニンなのだけど処方してもらえません。
そしてロキソニンは僕にはあまり効かない模様。
しかし頭痛はつらい。

最近の頭痛は以前と違い長引くのです。
日をまたいで続く頭痛には悩まされます。
飲むと胃がやられてしまうのは分かっているけど飲んじゃうのです。
市販の頭痛薬を食後に胃薬と一緒に飲むけれどやっぱり胃が痛みます。
傷めると胃炎や胃潰瘍になるので服用を迷うけど飲んじゃいます。
そうしなきゃ1日を無駄に過ごすことになるから仕方ない。
そしてしばらく胃が痛い日が続くという状態。

バファリンの半分は優しさだけど、もう半分はなかなか強烈。
鎮痛剤ってそんなもんだと覚えておいた方がいいよ。

薬って基本は毒だから容量は守った方がいいね。
他の薬も同じ。
副作用が必ずあると思って服用すべき。
そう、身をもって学びました。
最近、入院していた病院にカルテ請求をしてます。
届いた中でのほんの一部ですが分かりやすいのとご理解のために載っけてみます。



IM0001.jpg






















これは3DCTです。
僕の脳を正面から写しています。
そしてこの色つきの部分がAVM(脳動静脈奇形)です。
左右で差がありすぎて実に分かりやすい。
どう見てもおかしいし危ない感じが伝わるんじゃないでしょか。
当時、手術でこの青色の部分をほとんど全部とりました。
この部分には血流が途絶えてしまった訳です。
そりゃ、麻痺するよねー。
そう思わせてくれる納得の1枚でした。
先週から入院してます。
明日で退院という予定です。
体調を悪くした訳ではなくボトックス注射のついでの入院です。


入院するのはなかなか気を使うものなのですね。
今回は短期なので他の患者さんに関わらないようにしようとしていたのです。
部屋でもちょっと話す程度。
そうしていたのです。
その方が楽だからいいかなと・・・。


しかしリハビリについてちょっと気になることがある人がいました。
10年も片麻痺でいてかすかな望みを持って入院したそうです。
その人の話を聞くとおかしなことがいくつか・・・。
これは絶対におかしいと思いその人に病院の内情を含めてアドバイスをしました。
医師にも働きかけました。


どうやってリハビリしていいのか迷っている人に焦らず気長にと言いました。
経験者としてこういうことはしちゃいけない。
このリハビリ法にはこういう意味がある、こういう段階で回復するし停滞すると。
この時期は大切だから、必ず歩けるからと。


麻痺のきつい人にブロック注射とはどういうものか聞かれたので答えました。
簡単なものはここでいいがやっぱり気になる場所は専門の病院がいい。
だけど決して注射1本で良くなる訳じゃない。
後のリハビリとセットなんだと。



そんなことしていたら問題がいくつか起こりました。
しかしそれは僕としては納得いかないものでした。
そんなの病院の都合じゃないかと。


カルテ開示を要求していたらかなり身構えられました。
病院としての気持ちは分かるけど患者優先じゃないのでしょうかと。
カルテのコピーをもらいましたがこれには裏がありそうです・・・。
ま、内々に事を済ましたという感じですね。
僕はもらえたらいいので深くは突っ込みません。


僕に対して苦情があったそうです。
それがとてもきつかった。
良かれと思ったことが真逆の結果になったのです。
苦情が寄せられるほど本当にそういうことになったのか。
僕の推察、洞察、配慮、気遣いが足りなかったのは事実。
だけど本当にそうなるのかいなと思ってしまう不思議。
ただただ糸ではなく心の芯が折れた気持ちになりました。


とにかく僕は病院を敵に回したようです。
厚めのオブラートにつつんで言われてもかなりのダメージ。
でもまぁ、病院が守るものは何ですかと問いかけたいです。



しかし、動いた分出会いもありました。
数人の方と仲良くなりました。
これは財産になると思っています。
そこには救われます。




日曜日の朝はサンデーモーニングのスポーツを見る。
これがもう何年も続く僕のスタイル。
これが終わってさて動こうと洗面所へ。
歯を磨きながら右手に感じる違和感。
指がしびれてる・・・。
さっきテレビを変な見方してたのかなと思いながら9時半からのワンピースを見る。
原作と違った展開になってきたなぁと思い見ている中で感じる違和感。
まだしびれてる・・・。

気付いてからもう30分以上経っている。
おかしい。
明らかにおかしい・・・。

もしかしてやってしまったか。
出血か詰まったか。
これだったら十分にあり得る。


慌てて病院を探す。
今日は日曜日でどこもやっていない。
行くならここだと思う阿久根市民病院に電話。
対応した人に説明すると出水の人なら出水総合医療センターに行けとのお言葉。
脳の病気をやって今明らかに症状が出ていると言ってその対応。

病院に電話してもいかんと思い消防署に切り替える。
救急車を呼ぶと大事になりそうだから119番ではなく普通に電話する。
こういう患者が行くから病院に準備してくれと言ってくれたら自力で行くから。
症状も説明した上でそしたら出水総合医療センターに問い合わせてくださいと・・・。
呆れた・・・。
何の為の消防署だよ。
病院が相手にしてくれないから消防を通じて話を進めるのはおかしいのだろうか・・・。

出水総合医療センターの脳外科はあんまり当てにならないから阿久根にお願いしようとしたのに。
ここにはちゃんとした脳外科医がいないんだよ。
昔の記憶だけどMRIも古かったんだよ・・・。
経営難で潰れかけてるんだよ・・・。
だから、だから・・・と思っても仕方ないので電話する。
とりあえず受け入れますと言われ急いで向かうことに。

迎えてくれた看護師に説明してとにかくMRIをしてくれと頼み込む。
しかし一刻を争うことになるのに順番待ち。
脳は時間が勝負なのに・・・。
なんか事故をしたばあちゃんを見ながら椅子で待つ。

やっとのことで出てきた医師は当然脳は専門外。
なんでもいいからとにかくMRIしてくれと言う。
あとは救急車で水俣でも阿久根でもどこでもいいから回してくれと伝える。
かなり強引にやった。

そしてやっとこさ入ったMRIでこれからどうするかシュミレーション。
あの騒音の中、これからどうするかあれこれ考えた。
聞いてみたらMRIも5年前に変えていたそうだ。
僕は10年以上前のものだと思っていたのでちょっと安心した。

30分後、画像が出てくる。
運良く熊大から応援に来ていた若手の脳外科医が呼び出されていた。
経験は浅そうだけど知識はありそうな感じ。
これは運が良い。
とりあえず出血も詰まってもいないようだ。
しかしとても気になることを言われ、とある点滴の処置を受ける。
この脳外科医は僕のカルテを見て興味を持ったようだ。
京大の宮本、旭川赤十字の上山と聞いたらそうなるだろう。
両名とも有名人だからね。
持って行ってよかったのがカルテ請求をしていたカルテのコピー。
これは役に立った。


そして家に帰った。
安心はしたがしびれは消えない。
医者の言う通りだったら消えるのに・・・。
以前指の回復の予兆でしびれがでたことがあったがそれと比べると範囲が広い。
親指、人差し指、中指、ちょっとだけ薬指。
いい意味でとらえたいとこだけど今は難しい。
これしびれが今後続いたらどうしよう・・・。
きついなぁ。


明日、別の病院に相談に行く。
主治医がいるかどうかは分からないがとにかく脳波を調べなきゃいかん。
それによって今後が大きく変わる。

困ったもんだ。


とりあえず今回の教訓は異変を感じたら迷わず救急車。
自分で病院に直接電話したら全然相手にしてもらえない。
それくらい喋れるんだったらどうもないでしょという対応だった。
身体のどこもそうだけど特に脳は一刻を争う。
僕はそういう失敗をした人を何人も見てきた。

だけど救急車は躊躇してしまった。
しかし迷う必要は無いのだ。
使わなきゃ事が進まない。
今日のことで痛感した。

「前回の入院の時は近寄りがたい雰囲気でしたよ」


先日の短期入院の際にOTからそう言われた。
自分ではそんなつもりはなかったけれどそうだったのだろう。
実際に入院した理由も身体のリハビリではなく心のリハビリだったと。
僕も薄々気付いていたがその通りである。

冬ということもあったけれど僕はずっと部屋に閉じこもっていた。
自分なりにやることを見つけようとしていたけれどもなかった。

ついこの間まで趣味というものが無かった。
何にも興味が持てないのだ。
趣味は?と聞かれたら無いと普通に答えていた。
やりたいことがあってもできないのだから意外と趣味を持つというのは難しい。


正直に言うとせっかく再就職した会社を辞めた理由は仕事ができなかったからだ。
自分でもどうしていいか分らないくらいに何もできなかった。
ただパソコンを見つめて時間が過ぎるのを待つ毎日。
辛かった。
何もできない自分が情けなかった。
元々仕事ができる方ではないけれどここまでできないのかと落ち込んだ。

乱れた食生活、壊れていく身体、心。
何もせずに過ぎていく休日。
コンビニ弁当でつなぐ毎日。

動きたくもないし動けなかった。

給料もそこそこで福利厚生もばっちり。
大手インフラ企業の中核子会社なので潰れることはない。
老後も安心。

頑張れば2~3年くらいはどうにかなっただろう。
仕事ができなくても会社的には2級の障害者を雇っているだけで貢献している。
補助金も2人分出るのだから給料なんて会社負担はほんのちょっとだし。
だからあのままでいてもよかったのだろうけど無理だった。

たった半年で逃げるように鹿児島に帰ってきたのが本当のところだ。



主治医から「入院してみない?」と言われたのがその2ヶ月後。
新燃岳の噴火もあり入院は3月末になった。

良くなるとは期待していないリハビリをとにかくした。
最低でも7時間はやっていたはず。
ただその姿は人を寄せ付けない印象だったそうな。
元々そんな感じだから相当なものだっただろう。
結果、最後の最後で胃潰瘍。
身体は正直なもんだ。

退院してからも抜け殻のような毎日が続く。
夏は本当にすべてが嫌で現実逃避のふて寝をしていた。
何もやる気がしない。

そんな中で僕を助けてくれる人がいた。
この言葉を使うと嫌がられるが僕は本当に救われた。

また、周囲の人にも救われた。
結果としてなんとか春から仕事ができる。


明らかに変わったと思ったのは12月中頃。
仕事がどうにかなると安心したのもあるだろう。

僕は泣けるようになった。
些細なことで泣くようになった。
涙が出るのである。
精神が崩れるのではなく元に戻っていくのを感じていた。

そこから前向きになっていく。
自分でも分かっている。
それが長続きしないことは。
だけどやれるだけはやる。
人生には波があるのだから。


僕がAVMと知ったのは18歳。
それから9年間障害を持つ可能性、死の可能性があると考えていた。
結婚は19歳で諦めた。
だから障害に対する受容は早かった。
死ぬ確率が人並みになったのだから、命があったのだから良しとしようと。
右半身が動かなくてもあまり落胆はしなかった。
円形脱毛になったりしたがどうでもよかった。

だから社会復帰は早かった。
退院3か月後から就職活動をして結構簡単に就職できた。

だけど今までと勝手の違う身体と生活。
すぐにボロが出てきたのだ。
そして今に至る。


以前との違いは趣味が持てる余裕があるということだ。
単純なことだけどこれはかなり大きいと思う。


手足のリハビリはそんなに苦ではないが心のリハビリが難しい。

「溝上君はその段階まで来たんだ」
そう言われた。

多くの人がそこまでたどり着けないらしい。
そりゃそうだ。
受容だけで何年かかることやら。
突然だったら最低でも僕なら5年はかかると思う。
そこで皆疲れてしまうのだ。
その点は運が良かったといい方向に思ってみたい。

これから先にはまだいくつもの壁がある。
さてさて越えることはできることやら。

もう人並みの人生はないのだから自分の好きなようにやるしかない。
諦めと寛容。

「足るを知る」
これが今の僕を支える言葉。
無いものをねだっても仕方ない。
あるものでどうにかしていく。

だけどある程度のラインに行くにはまだまだ時間がかかるだろうね。
あと何年したらそこに行けるだろうかね。

ま、気楽にいこう。
崩れたらまた戻せばいい。







ここ2週間くらいで明らかに変わった。
太ももの突っ張りが気になりだした。
やっぱりボトックスは半年ではなく4ヶ月なんだなぁと実感。

動くとか治るとか期待はしていない。
だってただの麻酔だからね。
すこしでも状態が良くなるのであれば儲けもんだよ。
求めているのは筋緊張を落とす。
それだけでいい。
求め過ぎてもロクなことが無いからね。

今度は腕にもちょっとやってみようか検討中。
でも指は怖いからやめとく。

残念ながら今回のボトックスは失敗の模様。
手は分からない。

しかし足はちょっといかんな。
太もものつっぱりが取れない。
量が足りなかったのかポイントを外したのかどっちだろう。
量は少なかったのね。
ポイント探しが足りない気もしたし機械のせいか今回は反応が悪かった。

追加はできるのかなぁ。
この足の違和感が嫌だ。
あのなぁ、りゅうじ君。
その薬はあかん、あかんで!
酔って饒舌になるおばちゃんからのアドバイス。
病院関係者でその辺の薬にはまぁ詳しい。
というか長いこと服用しているそうな。
その状態でお薬飲んだらえらいことなりまっせとは言えなかった。


しかしまぁ、やたらと言われたので考えてしまった。
言われる通りだとしたら朝の辛さも変わるのかなぁ。
でもあんまり急に切るってのも怖いなぁ。
だけど休みの間でないと試せないのもあるか。
やるだけやってみよか。
ということでやってみた。

そしたらいけるでないのさ。
やったねこれでおさらば出来ると思っていたら予想以上のぶり返し。
こうくるかと思うくらいに心と体がフワフワしていた。
仕事できないね、頭回転しない。
試みは数日で止めた。

分かったことはこの2つ。
1、この薬飲まなくても長時間眠れる
2、この薬飲まないと筋緊張がむっちゃきつい


飲まなくてもいけるけどこの緊張はどうにもならないくらいになる。
そうか、知らない間にこの薬無しでは思ったように動けないようになっちゃってたんだ。
脳の興奮を抑えるというのがこっち方面でも効いていたようだ。
筋弛緩とどっちがどうなのか分からないけれどそういうことらしい。

飲まない方が楽な面もあるけれどまずい面もある。
とりあえずは飲んでいくしかないか。
一応医者とも相談済み。
ただ、減らす方向で。

薬って怖いねー。

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